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act.7昏迷ノスタルジア<100>

「藤沢ちゃんはなんかもうこっちの気も知らんと、ぐいぐい来るし」 「幸ちゃんと仲良くなりたがってたからね」 本質は人見知りで照れ屋なくせに、葵は妙なところで積極的になる。幸樹が現れた時は葵から一生懸命に話題を見つけて話しかけに行っていた姿を思い出した。 葵は奈央相手にもそうだった。冬耶の紹介を受けてからというもの、校舎内で奈央を見つけるたびに手を振ったり、時には駆け寄ってきたりもしてくれる。全力で懐いてくる葵が可愛くて仕方がなかった。 「奈央ちゃんもそう?」 自分の腕を枕がわりにして寝返りを打った幸樹が、唐突にこちらに会話のボールを投げてきた。 「うん?何が?」 「だから、奈央ちゃんも西名さんから話聞いて、藤沢ちゃんのこと気になったん?」 幸樹の声音にいつもの茶化すような色合いはない。 確かに冬耶は、生徒会活動の合間、よく葵の話を聞かせてくれた。彼目線で語られる葵のエピソードはどれも奈央の心を温かくさせるもの。冬耶のブラコンっぷりはそもそも学園内では有名ではあったが、冬耶と関わるようになって葵への印象が変わったのは確かだ。 でも自分はあくまで葵を後輩の一人として可愛いと思っているだけ。そう言い張らなければならない。 「なに、もしや奈央ちゃんまだ認めてないの?強情やな、めちゃくちゃ分かりやすいのに」 「幸ちゃんの気のせいだよ」 「……まぁ、認めたら認めたでしんどいもんな」 今まさに自分の状況がそうであると言わんばかりに、幸樹はまた奈央から視線を外した。 「藤沢ちゃんが今頃京介と一緒に寝てんのかなって考えるだけでしんどいわ。ほんま、サイテーやな」 自嘲気味に笑う幸樹の言葉で、奈央も葵の寝姿を想像してしまう。 京介だけじゃない。きっと都古も傍にいるはずだ。彼らに囲まれることで葵が安心して眠れたらいい。そう思う気持ちに偽りはないというのに、どうして息の詰まる思いがするのだろうか。 加南子が学園に現れた日、奈央の様子を心配した葵が部屋にやってきたことも思い出す。奈央を寝かしつけると意気込んでいたというのに、布団に頬を預けて寝息を立て始めたのは葵のほう。 彼を抱き上げ、ベッドに横たえた時の気持ちはそれまで湧き上がったことのないものだった。それを押し隠すように奈央は葵から距離を取り、ソファで眠ることを選んだけれど、見た目通り、いやそれ以上に軽かった葵の体から伝わる温もりはずっと腕に残ったままだった。 「こんなことなら、京介やなくてもいい。西名さんでも、相良さんでもいいから、藤沢ちゃんのこと捕まえておいてほしかったわ」 葵にきちんと恋人という存在が居たならば、自分は諦められていた。今となってはどうにもならないそんな愚痴を零す幸樹を咎める気にはならない。似たことを奈央も考えてしまったことがあるからだ。 でも、本当にそうだろうか。葵が誰と共に歩んでいても、きっと自分は……。 己の胸の中ですら、奈央はその先を紡ぐことは出来なかった。

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