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act.7昏迷ノスタルジア<102>
『葵ちゃん、下向かない。目線はまっすぐ、胸を張って』
不安げな葵を叱る自分の声が響く。改めて聞くと、周囲から冷たいとか厳しいと表現されてもおかしくないのかもしれない。
授業中クラスメイトの前で発言することすらまだ苦手な葵に、全校生徒の前で喋れなんて随分酷なことを強いているのは遥だ。もっと優しく励まし、甘やかしてあげるべきなのだろう。
でも葵は遥の期待に応えるように、一呼吸置いた後きちんと姿勢を正し、レンズを見据えてきた。葵が凛とした空気を纏うと、彼はやはり由緒ある家の出なのだと、そんなことを思わされる。
『うん、今までで一番良かった』
原稿を読み上げた葵をそうして褒めてやると、途端に気が抜けたのか、またいつもの幼い表情に戻り、そして遥へと駆け寄ってきた。遥の胸に飛び込んできたところで映像は終了する。
思惑通り葵は役員の務めを果たし、真面目な働きぶりを正当に評価されるようにもなった。一学年下の後輩にも親しい存在を作ったようだし、クラスメイトとも挨拶だけでなく、時折日常会話も交わせるようになったらしい。
だからきっと大丈夫。そう信じていたのだ。
冬耶経由で聞かされる今の状況は、全て想定していなかったもの。でも全く予想できなかったわけではない。
いつか現れるかもしれない馨のことも、一ノ瀬が暴走する可能性も、もっと対策を考えてやれたはずだ。何手も先を読むことが得意なはずの遥や冬耶にとっては、それが何よりも悔やまれる。
何度目か分からないため息を吐き出すと、手にしていた携帯が震え始めた。発信者は今まさに存在を思い浮かべていた長年の相棒、冬耶だった。
「珍しくまともな時間に掛けてきたな」
早朝や深夜帯に掛けてこられることが続いたからかもしれない。だから思わず第一声がそんな台詞になってしまった。日本時間ではすでに日付が変わり、一時間ほど経過している頃だろうか。今ぐらいの時間ならば、お互い負担が少なく済む。
『今日も色々ありまして……』
「聞きましょうか?」
『うん、お願いはるちゃん』
恐らく誰よりも気を張り、疲れているのは冬耶だろう。いつでも完璧で強い兄で居続けるため、そんな姿を外に一切見せようとしないから余計に辛いはずだ。
遥だけが知っている。彼は確かに強いけれど、同時にとても弱いことを。
冬耶から打ち明けられたのは、以前聞かされた週刊誌の記者が再び接触してきたことだった。葵だけでなく、櫻や都古のことまで匂わされたらしい。それを伝えた際の二人それぞれの反応もまた、冬耶を悲しませたようだ。
「都古はともかく、月島は本当に大丈夫な気がするけどな。見かけによらず、相当たくましいと思うよ」
黙っていれば儚げにさえ見える美しい容姿をしているが、彼の気の強さは尋常ではない。櫻のことまで何とかしてやりたいと冬耶が願うのは自由だが、余計なお世話だと跳ね除けられるに違いない。
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