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act.7昏迷ノスタルジア<103>
「冬耶がお節介やいて感謝してきたのは奈央ぐらいだろ。月島は放っておきな」
『うーん、そうなのかなぁ』
葵と親しい相手となると、誰彼構わず世話をしたくなるところが冬耶の悪い癖だ。遥がたしなめても不満そうな声を出す彼のことだから、きっとまためげずに櫻のことも構い続けるに違いない。
『そろそろ千景さんとみや君も引き合わせたいんだけど、それも余計なことだと思う?』
「あぁ、やめときな。都古にはまだ無理だよ。それに、千景さん側は一生会えない覚悟だってしてるんだろ?人ん家のことに首突っ込みすぎるなよ」
冬耶の悩みをばっさり切り捨ててやるのも優しさだ。こうでもしないと、彼は四六時中他人への気遣いで頭をいっぱいにしてしまう。
「冬耶が一番に優先すべきなのは葵ちゃんのことだろ?」
『それはもちろんだよ。でも、あーちゃんの周りも皆幸せじゃないと、ダメだろ?』
「葵ちゃんが幸せなら、都古も幸せ。都古が幸せなら、千景さんも幸せ。それでいいんじゃない?」
決して投げやりなわけではない。これも一つの考え方だ。実際、遥は自分の捉え方が間違っているとも思っていない。
「で、葵ちゃんは?」
『あぁ、今日は宮岡先生に来てもらって、怪我の具合診てもらったよ。綺麗に治りそうだって言ってもらえて安心した』
「そう、それなら良かった」
話に聞く限りでは、白く滑らかなはずの肌が事件直後は相当にひどい有様だったらしい。視界に入れるのも辛かったと冬耶が声を震わせながら伝えてきた時は、遥も大きなショックを受けた。
心の傷はきっと簡単に塞げないほど深いものだろうが、せめて、外傷だけは一日でも早く消え去ってほしいと願う。繊細な葵のことだから、きっと傷を目にするたびに嫌な記憶を思い出してしまうだろうから。
冬耶からは、葵の実兄だという椿の話も聞かされた。週末に葵の抱えるものを周囲に伝えたいという計画も。
『俺のこの判断が正しいのか、不安だよ』
彼が遥に連絡をしてきたのは、これが一番の理由なのだろう。今までは常に遥が隣に居て、葵のことをなんだって相談しあってきた。
冬耶は賢い。明らかな間違いを犯すこともない。けれど、時折愛情深さ故に、感情が先走る傾向にもある。それを本人も自覚しているから、冷静な遥のアドバイスを求めてくれていた。
『早く六月にならないかな』
遥の帰国を待ち侘び、心細そうに漏らす冬耶の姿を見たらきっと皆が驚くに違いない。
「俺も、早く葵ちゃんに会いたいよ」
『……今の流れはさすがにさ、俺にも会いたいとか言ってくれてもよくないか?』
拗ねたような声を出す冬耶に思わず声をあげて笑ってしまう。彼にももちろん会いたい。家族よりも長い時間を過ごしてきた親友だ。
「はいはい、冬耶にも会いたいよ」
『なんだそれ、全然心がこもってない』
リクエスト通りの言葉を口にしてやったというのに、奴は随分我儘だ。でも彼の声のトーンが平常時に近づいたことを感じる。
「まぁもう少しだけ待っててよ。ちゃんと準備してるから」
曖昧な約束をしてやれば、冬耶はまた少し不満そうな声を出した。けれどそれ以上追及してくることはなかった。
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