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act.7昏迷ノスタルジア<105>
「ううん、そうじゃなくて、もっともっと特別な人」
「えー、もっと?なんだろ、難しいな。これ、なぞなぞ?」
葵だって答えの分からぬままの質問。当然冬耶にもうまく意図が伝わらない。挙句、クイズだと思われてしまった。だから葵はそれ以上求めることはやめた。
冬耶からどんな答えが返ってきたら満足だったのだろう。昨日思い描いたように、もしも葵の知らない誰かのことを一番大切に思っていると教えられたら寂しくなってしまいそうなのに。
冬耶はきっと大学でも人気者で、友達も沢山出来ているはず。それを寂しいなんて思うほうがおかしい。
チクチクした胸の痛みを堪えるように葵は冬耶にしがみついた。大好きな兄の香りに満たされるだけで、沸々と湧き上がってくる不安は落ち着いてくれる。
「そうだ、あーちゃん。勉強なら明日いっぱい教えてもらえるよ」
「明日?どうして?」
もしかしたら明日から登校していいということなのだろうか。期待を込めて見上げれば、もたらされた答えは予想を大きく外れたものだった。
「皆が?お家に?」
「そ、一緒に勉強しようって」
明日は土曜日。午前の授業が終わり次第、生徒会の先輩や、綾瀬、七瀬がこの家までやってきてくれるのだという。久々に彼らに会えることは葵にとって嬉しい提案ではあるが、まだ登校させてもらえないという事実は葵を複雑な気持ちにさせる。
それに、彼らが葵の欠席の理由をどう理解しているのかも気になるところだ。京介は捻挫であるとは伝わっていると言っていたが、さすがにそれだけで五日も休むとは思われないだろう。
「皆にはなんて言えば、いいかな。お休みしていっぱい迷惑かけちゃってるから、ちゃんと説明しないと、だよね」
そもそも葵は生徒会の活動途中、勝手に部屋を飛び出して姿を消したのだ。そのこともきちんと謝らなければいけない。自分の言葉で説明したい、そう思うけれど、自信はなかった。
「あーちゃんはどう思う?友達が、例えば七瀬ちゃんが何か困ったことがあって学校を休んでたとするよね」
いつでも元気な七瀬が学校を休むことは滅多にないが、葵は素直にその情景を思い浮かべてみせる。
「七瀬ちゃんのために授業のノート取ってあげることは、あーちゃんにとって迷惑なこと?」
「ううん、そんなこと思わないよ」
「そうだよね、七瀬ちゃんは大事な友達だもんね」
そう、七瀬は学園内で初めて出来た大切な友達だ。
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