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act.7昏迷ノスタルジア<109>
「烏山先輩のその……家の、こととか、多分噂流したの福田さんぽいんすよ」
「そうなん?それは知らんかったわ」
「先輩のとこに弟子入りしてた知り合いから聞いたんだって」
俯きがちではあるが、爽の表情からは未里への確かな怒りが窺える。京介からは、彼ら双子が都古と揉めてばかりいるという苦労話を聞かされてはいたが、この様子では都古にもそれなりに親しみを感じているようだ。
「今度はクスリあげるから、それ使ってもう一回烏山先輩のこと襲えば?とか言ってたし。マジで信じらんねぇ」
「うーん、それは聞き捨てならんな」
「でもその会話、録音すんの完全に忘れてて。どうにも出来ないっすよね?」
「まぁな。爽が聞いただけっちゅーのはさすがに」
証拠もないのに罰を与えるわけにはいかない。都古の噂についても去年から流れていたものだ。未里が噂の大元だと辿るのは本人に口を割らせるしかないだろう。
「それいつ聞いた?」
「葵先輩がいなくなった日の翌日、です」
「誰にも言わんかったん?」
「こんな不確かな話耳に入れても、高山先輩ただ悩ませちゃうかなって思って」
どうやら爽は奈央のことも気にしていたらしい。確かに、自分のファンが間接的にとはいえ都古を辱め、傷つけていた可能性を知ったら、きっとひどく動揺するに違いない。
それにしても、爽は普段の生意気な態度とは裏腹に、随分周囲のことが気になるらしい。聖も話してみると案外人懐っこかった覚えがある。
「優しいのはええけど、あの辺は危ないから首突っ込まんとき」
「優しいとかじゃないです。ただ、いっつも除け者だから」
「何か手柄ほしいって?」
若葉のことを知ろうとしたのも、真相から遠ざけられていることへの焦りなのだろう。幸樹の問い掛けに少し不服そうにしながらも頷いた爽を見て、彼の気持ちを察する。
「葵先輩のこと襲ったの、一ノ瀬先生だって聞きました。でも九夜さんも無関係じゃないんすよね?」
「それ確かめてどうすんの?若葉のこと殴りに行く?無理やろ?」
若葉が危険人物であることは学園中が認識している。当然爽も分かっているはずだ。一人で立ち向かっても返り討ちに遭うことぐらい、簡単に想像がつくだろう。
それでもまだ幼い様子の彼が馬鹿な真似をしないよう、幸樹はあえて彼の好奇心を打ち砕いていく。
「殴られて済むならラッキーやけど、若葉は爽のこと人質にとって藤沢ちゃん要求してくるぐらいのことも平気でする。そうなったらどうすんの?」
「どう、って……」
「勢いで突っ込むんだけはやめてな。さすがに手一杯なのよ、こっちは」
若葉が暴れれば駆り出されるのは幸樹に決まっている。ただでさえ守るものが増えてしまった今、爽まで面倒を起こさないでほしい。思わずそんな本音まで漏れてしまう。
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