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act.7昏迷ノスタルジア<112>
「よぉ、何してんの若葉」
「トモダチと遊んでんの。混ざる?」
「若葉と3Pなんて死んでも嫌やわ」
「俺もイヤ」
「じゃあ誘うなや」
親しげに軽口の応酬を繰り広げながらも、幸樹は一定の間合いをとって足を止めた。
「またね、未里チャン」
この空間には邪魔なだけの存在に声を掛ければ、未里は少しふらつきながらもすぐに駆け出していった。幸樹はその姿に目もくれず、真っ直ぐに若葉を見据えてくる。普段ふざけた表情を浮かべることが多い分、黙ると随分と冷たい印象を与える。
「で、ナニ?」
幸樹の用件に心当たりがないわけではない。だが、彼がどう出るつもりなのか興味があり、若葉はあえて何も気づかぬフリで問いかける。
幸樹は若葉と距離を置きながらも、正面に腰を下ろし、あぐらをかいた。どうやらそれなりに話し込むつもりらしい。
「あの夜の映像、観たわ」
「映像?あぁ、撮られてたのネ」
どの出来事を指しているかはすぐに分かった。拘束具まで周到に用意していた粘着質そうな教師のことだ。カメラが仕掛けられていてもなんら不思議ではない。
「それ、どこにあんの?俺も観てみたいんだけど」
月明かりに照らされて喘ぐ葵の姿は淫らで堪らなかった。だから幸樹を煽るつもりはなく素直な願望を口にしたのだが、彼の表情はわずかに険しくなった。
「今は西名さんが持っとる」
「あ、そう、残念。複製してって頼んどいてよ」
「直接言うてや。どうせ近々会うことになるやろうし」
「西名と?約束してないけど?」
葵を奪われた時、冬耶には確かに“覚えておけ”と啖呵を切られはしたものの、若葉側には用はない。首を傾げて尋ねれば、幸樹は呆れたように息を吐き出した。
「藤沢ちゃんに手出しといてタダじゃ済まんことぐらい、分かってるやろ。なんで今やねん」
そう聞かれても困る。若葉はただ目の前にすっかり仕上がったご馳走があったから食べようとしただけ。葵だから近づいたわけではない。むしろ、葵には元々それほど興味を持っていなかった。
冬耶が可愛がっている存在であることは当然認識していたが、幼い容姿も体躯も好みではない、そう思っていたからだ。
「ガキくさいから勃ちそうにないなーと思ったんだけどネ。葵チャン、普通にエロくて全然大丈夫だったわ」
「そらクスリでラリってたせいや。普段は見かけ通り、セックスのセの字も知らんお子様やねん」
「バカなの?そんな高校生いないでしょ」
「いんのよそれが」
幸樹は断言してくるが、そんな話を信じられるわけもない。あの夜葵を探し回っていた人物のことも大抵は把握していた。こぞって葵を可愛がっているという噂も知っている。幸樹はどうせ若葉の興味を逸らそうとしているのだろうが、もっとマシな嘘をついてほしいものだ。
「そういや葵チャン、まだガッコ来ないの?待ってんだけど」
若葉の見た限り、拘束具の痕が付いているぐらいでそれほど目立った外傷はないように思えた。とっくに登校してもいいはずなのだが、葵は一向に現れない。
登校したとて葵はきっと今まで以上にガードされているだろうが、どこかにチャンスはあるはずだ。取り囲むのはどうせ、あの夜葵を見つけることが出来なかった無能の集まり。出し抜く自信はいくらでもある。それに簡単に捕まえられる獲物よりも、よほどゲーム性があって楽しそうだ。
若葉が思わず口元を緩めると、それを見咎めた幸樹の視線が鋭くなった。
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