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act.7昏迷ノスタルジア<115>

* * * * * * 今日の昼食は手作りのピザらしい。紗耶香の指導のもとダイニングテーブルで生地と格闘している葵と都古の姿を微笑ましく見守っていると、ポケットに入れた携帯が震えだした。ディスプレイを確認すれば、そこには後輩の名前が表示されている。 「あーちゃん、俺のはチーズいっぱいかけてね、溢れるぐらい」 「はーい、ご注文承りました」 トッピングのリクエストをすれば、葵は店員になったつもりで無邪気に笑い返してくれた。 その笑顔を見ながら、冬耶はさりげなさを装って部屋を後にする。向かう先は二階の自室。着信は一度切れてしまったが、相手は折り返しを待っていたのだろう。かけ直すとすぐに繋がった。 「上野?何かあった?」 『さっき若葉と会話したんで、一応報告しとこって』 幸樹は歓迎会の出来事がよほど堪えたのか、まるで贖罪のように積極的に動いてくれている。冬耶が望む以上の働きをしてくれる彼に感謝はしているし、それで彼の罪悪感が薄れるならとは思う。 「そう、なっちのファンがね……確かに気になるな。九夜とも繋がってるってのがまた」 若葉とだけでなく、爽との会話を聞いて、冬耶も幸樹と同じ感想を抱いた。 『結構前からセフレっちゅーか、福田が金払って抱いてもらうみたいな変な関係だったぽいんで、まだ何とも言えませんけど』 ここ数日の間での関係なら接点を持った理由はどうしても一ノ瀬の件と結び付けたくはなるが、それなりに長く繋がっているのならば無関係なのかもしれない。幸樹の言う通り、今の情報だけでは判断しづらい。 『一か八かみたいな方法とっちゃったのは、すいません』 幸樹は若葉が葵に恋愛感情を抱いていると指摘してからかったらしい。 こちらの予想通り葵が登校するのを待ち構えていた若葉に対し、葵への興味を失わせる方法が他に思いつかなかったのだという。 「まぁ、難しいよな。止めれば余計に欲しがるだろうし」 若葉の性格はよく知っているつもりだ。冬耶が必死に守ってきたものを、彼はことごとく狙い、そして壊そうとしてきた。 幸樹の企んだような変化球でのアプローチは、若葉には案外効いてくれるかもしれない。現に、若葉は何も言い返さず、暴れもせずに学園を去っていったらしい。葵への興味を“恋”と表現されるとは、さすがに予想もしていなかったのだろう。 『そういや明日、あの双子ちゃん呼んでないんすか?』 通話を終えようとすると、幸樹は最後に明日の件に触れてきた。 「七瀬ちゃんたち?呼んでるよ?」 『いや、そうやなくて、聖と爽』 指摘されて確かに、と気が付く。葵に勉強を教えてやるという体裁を整えるために上級生や同級生の存在ばかり気にしてしまっていたが、彼らも葵にとっては大事な存在だ。 葵のことを打ち明ける相手として呼んでやるべきだろう。

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