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act.7昏迷ノスタルジア<118>

* * * * * * 「で、どうだった?」 屋上のフェンスに寄りかかり、購買で買ったホットドッグの包みを開いていると、隣に並んだ七瀬が好奇心を隠しもせずに尋ねてきた。 「どうって何が」 分かってはいるが、すんなりと答えるのも癪だし、出来れば昨夜の出来事は話したくない。結局京介は綾瀬の忠告を聞けず、半ばなし崩しのような形で都古と共に葵に手を出した。 葵を癒すという建前はあったし、本人も嫌がる素振りは見せなかった。今朝方の態度を見ても、ただ恥ずかしそうにしているだけだから恐怖を与えずに済んでいる、というのは京介の希望的観測ではないと思う。 「へぇ、エッチなことはしたんだ?三人で?」 「……お前のその能力なんなの?人の思考読めんのか?」 京介が尋ね返した表情だけで昨夜のことを察せるなんて恐ろしくて敵わない。狼狽えた様子が面白かったのか、七瀬はすぐにケラケラと笑いだす。だが、対照的に、向かいに座る綾瀬の視線が厳しくなった。 「合意か?」 「まぁ、一応」 葵の意思は確認しながら事を進めた。そう主張したが綾瀬の顔からは疑わしさが消えない。 「また言いくるめたの?それじゃダメだって言ったじゃん」 「いや、別に……」 葵を騙すような言動をしたつもりはない。強引に自分の欲望をぶつけたわけでもない。ただ葵から怯えを拭い去ってやりたかっただけ。だから七瀬に言い返そうとしたものの、最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。 一ノ瀬の痕跡を気にする葵の手助け。それを口実に体に触れたのは事実だ。言いくるめたと表現されてもおかしくはないのかもしれない。 「七も綾も、葵ちゃんに幸せになってほしいだけだから」 京介を責めたいわけではない。そんなニュアンスで七瀬は厳しい目をし続ける綾瀬の気持ちまで代弁してみせた。 「俺だって幸せにしてやりてぇよ」 母と弟が亡くなった責任を一人で背負い込んでいる葵。唯一残った家族である父からも捨てられ、自分に愛される価値などないと刷り込まれた葵の心は未だにちっとも癒えてはいない。 もう十年経つのだ。いい加減、葵を楽にしてやりたい。でもその願いは叶うどころか、葵はまた新たな傷を受けて苦しんでいる。守るために傍にいるはずなのに、己の不甲斐なさに嫌気が差す。 「明日の勉強会の目的、藤沢は何も知らないんだよな?大丈夫なのか?」 しばし訪れた沈黙を破ったのは綾瀬だった。 忍から提案された時には本当にただ試験勉強のために集まるはずだったのだが、いつのまにか兄はそれを利用し、葵のことを打ち明ける場に仕立て上げてしまった。二人にも当然そのことは伝わっている。 葵に疑いを抱かせぬよう別室に隔離するために、模擬試験を受けるメンバーには七瀬も巻き込まれている。七瀬はそれを知ってむくれてはいたが、文句は言わなかった。

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