1010 / 1600
act.7昏迷ノスタルジア<121>
* * * * * *
淡い水色のメッセージカード。机に並べたそれらに葵は一枚ずつ、思いを込めてペンを走らせる。限られたスペースではほんのわずかな文章しか書き込めないが、それでも葵は明日会いに来てくれるという全員の顔を浮かべながら考えた言葉を綴っていく。
きっと口ではうまく伝えられない。涙腺が緩い自覚もある。今も大好きな彼らに会えると思っただけで、気を抜くと泣いてしまいそうになるのだ。だからお詫びも感謝も、文字で渡そう。そう思った。
「……でも、カードだけだと変かな」
一人一人にカードを配って渡すのも、想像すると妙な感じがする。勉強をしに来た彼らに渡すきっかけを作るのも難しい気がした。
傍に控える都古に尋ねると、彼は眠そうな顔で首を傾げてくる。はっきり言わないが、都古はおそらく興味がないのだろう。いや、自分も葵からカードが欲しいとねだってきたあたり、少し妬いているのかもしれない。
葵は悩んだ末、紗耶香に相談を持ちかけることにした。お礼の気持ちを表すお菓子が添えられたらいいと、そう思ったのだ。こういう時はいつも遥が手伝ってくれたけれど、今はもう頼ることが出来ない。
都古の手を借りてリビングに向かうと、そこには紗耶香だけでなく、冬耶の姿もあった。二人で何か話をしていたようだが、葵が顔を出すとすぐにこちらに笑顔を向けてくれる。
「どうした?あーちゃん」
普段と変わらぬ調子の冬耶に問われ、葵は自分の考えを打ち明けた。紗耶香はそれを受けてすぐにキッチンに向かい、今家にある材料で作れるものを悩み始めた。
「クッキーならすぐに出来るかしら。ココアとか抹茶のパウダーがあるから、マーブルにする?」
「作るのむずかしい?」
「ううん、簡単よ。一緒にやってみようか」
マーブル模様を作るのが難しい気はするけれど、紗耶香の言葉を信じ、葵は頷いた。
一緒にとは言っても、まだ足が痛む葵はダイニングの椅子に座り、紗耶香が材料を用意してくれるのを待って、指示通りに混ぜ合わせるだけ。
「なんか、遥のお手伝いしてたこと思い出すな」
都古とともに見学し始めた冬耶の言葉で、葵も遥と過ごした時間が懐かしくなった。
遥と出会った頃、葵はまだこの家から出ることも出来なかった。ぼんやりとした記憶ではあるが、冬耶の友人として紹介された遥のことが怖くて、ずっと京介の背中に隠れていた気がする。
けれど、遥が手土産に持って来てくれたチョコレートが美味しかったことは鮮明に覚えていた。積極的に食事をとることの出来なかった葵が珍しくもう一粒欲しがったのを知り、家族みんなに驚かれたことも。
ともだちにシェアしよう!