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act.7昏迷ノスタルジア<123>
* * * * * *
「みゃーちゃんには先にあげるね」
そう言って葵はラッピングしたクッキーの包みを一番に渡してくれた。きちんとメッセージカードも添えられている。確かに強請りはしたけれど、本当に用意してくれるとは思わなかった。葵のこういう所が、やはり都古を夢中にさせる。
「あ、目の前だと恥ずかしいから、あとで読んでほしい」
「わかった」
すぐにカードを開こうとした行動を止められ、都古は仕方なく頷いた。
そのあと葵が冬耶や紗耶香にまで渡し始めるから、都古への特別な感情があるわけではないことを思い知らされるけれど、それでも良かった。
葵の傍に居るとつい欲張りになってしまう。だが、時折思い出して冷静になることがある。
湖に落ちたと聞いて、もう二度と葵の目が覚めないのではと怖くて仕方なかったこと。そして葵の四肢を拘束したことを示す黒革や鎖が残ったあの暗い部屋を見て絶望したこと。
葵が生きていて、そして笑っている。その傍に居られれば自分は十分幸せだ。
葵がクッキーの型抜きに集中にしている間、都古は一度冬耶に連れ出され、そして父親から送られた制服を見つけたと告げられた。知っていたにも関わらずずっと黙っていた点は叱られたけれど、葵との約束を守りたかった都古の気持ちには理解を示してくれた。
葵とは明日の夜、話をするつもりなのだと冬耶は言った。明日の日中は楽しく過ごさせてやりたいから、今夜会話することは避けるらしい。
父親が葵と共に暮らしたがっているという事実をありのままに話すのかどうか、都古は分からない。冬耶のことだからきっと、西名家で生活し続ける方向に進むよう、うまく話すのだとは思う。
けれどもしも葵が父親を選んでしまったら。そのときはペットとして、自分も連れて行ってもらえないだろうか。そんなことを考えてしまう。
もしそれが実現するなら、たとえ言葉を発することを禁じられ、本当の猫のように振る舞うことを条件に強いられても構わない。学生という身分には何の未練もないし、葵以外に生きる理由は何もない。
ただ葵の傍に居てやりたい。葵が何を選んでも、変わらず一緒に連れ添えると約束できる存在になりたかった。
葵の猫になりたいと願ったのは、当時自分の置かれた現実から逃げたかったからだ。
“みゃーちゃん”なんて愛称で呼ぶ葵に、黒猫みたいだと言われ、本当にそうなりたいと思ったのだ。出来損ないの三男ではなく、ただ葵に可愛がられ、抱き締められるだけの猫になれたらどんなにいいだろう、と。
葵はそんな都古の願いをあっさり叶えてくれた。馬鹿にして笑い飛ばすようなことはせず、ただ受け止め、大事に守り続けてくれている。
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