1015 / 1600

act.7昏迷ノスタルジア<126>

「奈央か上野がやってよ。僕は絶対に嫌だから」 「いや、僕もちょっと……。例年通りならまだ良かったけど、去年が、ね」 奈央が困ったように笑うのも無理はない。去年の体育祭は派手好きな冬耶のおかげで凄まじい盛り上がりを見せた。 クールに見える遥も、案外冬耶に負けず劣らず、生徒たちが求める役割をきっちりと演じきっていた。純白の詰襟を見に纏い、艶のある髪に長いハチマキを巻いて団を率いたパフォーマンスや、競技の合間に自分の組の生徒たちを鼓舞するために声を掛ける姿は、さして興味もなく参加していた忍ですら強く印象に残っている。 冬耶は団長としてだけでなく、一競技者としても大いに会場を沸かせていた。全学年合同のリレーでも当たり前のようにアンカーを担った彼は、団長服姿のまま軽々と勝利をかっさらっていった。 写真部が撮影した二人の姿が、今でも在校生の中で販売されるほど人気であるとも耳にしたことがある。 今年は生徒会がどう盛り上げてくれるのか。密かに期待されていることは知っている。全く、迷惑なことをしでかしてくれたものだ。 「二人に負担のかからない演出考えたみたいだから、話だけでも聞いてあげてよ」 どうやら奈央は実行委員側からパイプ役を頼まれているようだ。そういえば、実行委員長は前年度生徒会に所属していた生徒だったことを思い出す。 忍と櫻が唐突に選挙に立候補さえしなければ、二年から役員を務めていた彼が今頃会長か副会長にでもなっていただろう。 「……秋は文化祭もあるのか。嫌になるよ」 直近行われる体育祭のことはもちろんだが、文化祭でもあの上級生二人は生徒会と有志による演劇を披露していた。その時のことも伝説のようになってしまっている。 きっとまた自分達は昨年の出来事に振り回されることになる。 “俺の後は大変だと思うけど、がんばれよ北条” 会長の職を引き継ぐ時掛けられた言葉の重みは、毎日のように実感させられる。はじめは今まで生徒会の活動に携わってこなかった忍の能力を試すような物言いだと感じていたが、おそらくそうではない。 本当に冬耶の次に会長を務めることがどれほど難しいことであるか、彼はよく自覚していたのだろう。 冬耶が作り出したものをただ真似て踏襲するのでも盛り上がらない。かといって、例年通りの動きをすれば、期待していた生徒たちががっかりするのは読めている。 それに忍は自分の次に会長になる存在のことも気に掛けてやらねばならない。順当にいけば、それは葵だ。 忍が今年妙な手を打ってしまえば、来年葵が苦しむことになる。葵のためにも忍が手本となるような道標を作ってやらねばならない。 “お手並拝見”と、そんな調子で笑う冬耶の顔が頭に浮かぶ。本当に嫌な先輩である。

ともだちにシェアしよう!