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act.7昏迷ノスタルジア<127>

「明日考える」 今は一旦生徒会での職を忘れ、葵のことだけを考えたい。そんな思いで返せば、奈央はそれ以上この話題を続けようとはしなかった。 「放課後、教室からそのまま行く?それとも一回寮戻る?」 「僕は着替えたい」 「了解。じゃあ寮のエントランスに集合しようか」 忍は一秒でも早く葵に会いに向かいたかったけれど、制服で過ごすことを嫌がる櫻の一声で流れが決まってしまう。 以前、制服のデザインをあまり気に入っていないと零していたことを思い出した。だから櫻は指定の鞄も使わないし、羽織っているカーディガンも完全な私物である。 制服の規定は存在するものの、比較的緩い校風であるから、櫻のように制服を自由に着崩している生徒は他にもいる。生真面目な奈央ですら、指定のものではないセーターやカーディガンをよく利用しているぐらいだ。 「忍は制服も私服も大して変わらないもんね」 「余計なお世話だ」 質がよく、品のいいものであれば、忍は身に着けるものにそれほど大きなこだわりはない。制服とそれほど着こなしが変わらない服ばかり着ている自覚もある。でもそれを茶化されると気分は悪い。 櫻を睨みつければ、彼は美しく微笑み返してきた。 「忍の学ラン姿、ちょっと見てみたいかも」 「櫻は似合わなそうだな」 「似合わなくて全然構わない」 せっかく終えた体育祭の話を蒸し返すところも彼の意地の悪さを示している。 「そんなことで揉めないでよ」 「奈央はどうだろ?似合うかな」 「さぁ、想像はつかないな。着てみるか?」 呆れたように息を吐く奈央もこの不毛な争いに巻き込んでやる。特に示し合わさなくてもこんな流れを作れるのだから、やはり櫻とはそれなりに気は合うのだ。 「幸ちゃんは似合いそう」 攻撃を自分から逸らそうと、奈央は幸樹の名をあげてきた。確かに昨年の冬耶のような出立ちが今の生徒会で一番似合うのは彼だろう。 全員が彼の姿を想像したところで、あともう一人いる現役員のことを浮かべるのは自然なこと。 「なんか小学生みたいになりそうだね、葵ちゃん。短パンのほうがしっくりくるし」 応援団どころか、子供に見えるという櫻の予想には納得させられた。短い丈のズボンから伸びる白い足と、それを覆うハイソックスの組み合わせならば、悪くない。 「可愛いな」 「うん、可愛い」 幼い格好ではあるが、想像だけでも十分そそられる。 「どうする?来年の体育祭見に行こっか」 「あぁ、そうだな」 「馬鹿なこと言ってないで、今年のこと考えて。頼むから」 櫻と少しふざけてみせ、奈央に叱られるまでがセットだ。 「だからそれは明日以降考える」 忍がさっきとほとんど同じ回答をしてやれば、奈央は頭を抱えてしまった。生徒会の中で一番気苦労の多い存在なのは間違いなく彼だ。唯一まともだった葵がいなければ、彼の負担は増すばかり。 「葵くんに早く帰ってきてほしい」 寂しさだけでなく、本当に困っている様子だ。 「月曜から来られるといいね」 「そのために行くんだ」 冬耶の話を聞きに行くという目的もあるが、そもそもは葵の見舞いのために設けた機会だ。葵のことだから、生徒会の仕事が出来ていないことを気にしているはずだ。だから安心して帰ってきてほしいと伝えてやるつもりでいた。 葵の居場所はここにちゃんとある。ずっと待っている。そう伝えるために。

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