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act.7昏迷ノスタルジア<128>

* * * * * * ──なんでこの人と。 目の前を歩く大柄な男を見上げながら、爽は心の中で愚痴を零した。 彼、幸樹から連絡があったのは今朝のことだった。葵の家で勉強会が行われるのだという。今まで知らされなかったことも不服だったけれど、何よりも幸樹と共に向かうことになっていることが爽にとっては嫌で仕方ない。 大分気まずい別れ方をしたのだ。しばらく顔を合わせたくないと思っていたのに、まさかこんなに早く二人きりになる機会に直面するとは思いもしなかった。 聖は久しぶりに葵に会えると知って喜んではいたが、さすがに急すぎてどうしても仕事の都合がつけられず、授業が終わるなり教室を飛び出して行ってしまった。 相当残念そうにしていたが、爽だって辛い。一人で先輩たちの輪に入るのはこれでも勇気がいる行為なのだ。 幸樹と共に移動することは嫌だけれど、でも一人きりであの家のインターホンを押すよりはマシかもとさえ思う。 「なぁ、まだ怒ってんの」 ホームで電車を待つ間、幸樹のほうから声を掛けてきた。直球で尋ねられると困るものがある。 「別に怒ってるっていうか……」 「これでも言い過ぎたとは思ってる。せやから、藤沢ちゃんの前でぐらいは、仲良いフリしてや」 視線はホームに掲げられた時計にやりながら、幸樹はそんなことを言ってきた。幸樹に対する怒りは鎮めなくても構わないが、葵の前では出すななんて、大人な説得をされたら、ますます惨めになる。 爽は幸樹のいうことが正論だったから辛かったのだ。自分に何も出来ない。それをはっきり言われて悔しかっただけ。 「言われなくても、わかってます」 可愛げのない返事をすれば、ようやく幸樹はこちらを見てきた。葵のものよりは黄色みが強い短い金髪。ブリーチで痛んだ部分なのだろう。陽の光を浴びて毛先が所々輝いてみえる。 「手ぶらもなんだし、なんか土産でも買ってくか」 「……はい」 爽が同意すれば、彼はニカっと大きく口を開いて笑った。その笑顔が眩しいと、そう思った。 西名家の最寄り駅には、駅前にいくつか商業施設が並んでいた。電車に揺られながらそこにある菓子店を検索し、相談しあううちに、いつしかあの嫌な気分はすっかり消え失せ、幸樹と普通に会話するようになっていた。 「思ったんですけど、お菓子よりもお茶とかのほうが良くないっすか?」 「たしかに皆食いもん持ってきそうやな」 他の顔ぶれを考えれば、それぞれが何かしらを持ち寄りそうな気がした。何グループに分かれて訪れるか次第だが、食べ物が過剰になることは簡単に予想がつく。 「あーせやけど、月島が紅茶持ち込むかもな」 「そういえば俺らの誕生日会でも持ってきてました、月島先輩」 「やっぱり?」 生徒会の活動でも櫻は紅茶を飲んでばかりいるし、部屋に備え置いてあるのも櫻が選んだ茶葉だ。相当こだわりの強そうな彼がいる場に、適当なものは差し入れられない。 「無難に日持ちしそうなものにしとくか。西名家へのプレゼントっちゅーことで」 今日食べきれずとも構わないものにする。幸樹の言う通り、それが一番当たり障りのない回答な気がした。

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