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act.7昏迷ノスタルジア<134>

「その二人が、あーちゃんを連れて隣の家に引っ越してきたのは、あーちゃんが三歳の頃だった。それまでどんな生活を送ってきたかはさすがに分からないけど、でも、ここに来た時にはすでにおかしな家族だった」 冬耶はそれを分かりやすく説明するために、先日幸樹から預かった写真集を机に出した。一ノ瀬の私物だというそれには、幼い頃の葵の姿が収められている。 「馨さんはあーちゃんを“人形”扱いして育ててた。こんな服を着せて、日焼けも怪我もさせないようにほとんど家に閉じ込めて。馨さんの前では喋ることも、感情表現することも禁じられてたみたいでさ」 エレナに連れられ引っ越しの挨拶にやってきた葵は、本当に人形のようだった。冬耶自身当時はまだ子供だったから、単純に可愛い葵に一目で心を奪われたけれど、今この姿を振り返ると胸が苦しくなる。 「あの、ちょっといいっすか?もしかして、この写真って、その馨さんって人が撮ったやつですか?」 「そう。元々馨さんは藤沢家を継ぐ気はなかったみたい。カメラマンとして自由に過ごしてたって聞いた」 冬耶の回答に、爽は少し戸惑った様子を見せながらも口を挟んだ理由を打ち明けてきた。 「多分、ですけど、俺たちその馨さんにこのあいだ会いました」 どうやら彼らの母親が馨と知り合いだったらしい。カメラマンとして現れた馨に撮影をしてもらったのだという。その際、馨が自分の子供を“I”というモデル名で撮影していたことを聞いていたから、写真集の表紙にあった名前と重なり、もしやと考えたようだ。 「その出会いが“偶然”ならいいけどな」 「どういうことっすか?」 「おそらく、馨さんは君たちがあーちゃんと同じ学校の生徒だとは認識していたと思う。あーちゃんに近しい人と接触するきっかけを、馨さんのほうから作った可能性は高い気がする」 冬耶の推測は爽に少なからずショックを与えたようだった。撮影時、馨に悪い印象は抱かなかったというから、そこに裏があると言われれば当然だろう。 「一旦話を戻すね。そんな風にあーちゃんのことを異常なぐらい過保護に扱っていた馨さんとは反対に、エレナさんは肉体的にも精神的にもあーちゃんをいたぶっていた」 エレナは恐ろしく美しい容姿をしていたけれど、ヒステリックに葵を怒鳴り、手をあげていた姿は子供心に醜いと感じていた。

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