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act.7昏迷ノスタルジア<136>
「あーちゃんが接触すると穢れるから、って。あの髪色も、瞳の色も、エレナさんはいつも人にうつる病気だってうそぶいて詰ってたから」
「そんな、ひどい」
無意識だろう。奈央が堪えきれない様子で悲しげに呟いた。
「な、だから未だにあーちゃんの中では見た目がコンプレックスなんだ。出掛けるときは帽子かぶりたがるし、触られるのも元々大の苦手だった」
葵の言動で、皆はそれを感じ取ってはいたようだ。奈央だけでなく、この場にいるそれぞれがやりきれない表情を浮かべている。そして葵の弟が今はエレナと同じ場所に居ることを告げれば、彼らはますます悲痛な面持ちになった。
「なんとなく察せるとは思うけど、二人の死があーちゃんの心に傷として残ってる。もうほんとね、どうしてやったらいいのか分からないぐらい深い傷になっちゃってるの」
そう前置きをして、冬耶はそれぞれの死について話し始めた。
葵の弟が亡くなったのは完全な事故だ。二階の廊下を伝い歩きで進み、そして階段から転落してしまった。不運な事故。エレナも使用人も、わずかな時間目を離した隙の出来事だったらしい。
「あーちゃんもその時一緒に落っこちてるんだ。誰も目撃はしていないけど、状況から察するに、多分あーちゃんは助けようとしたんだと思う」
けれど、結果、助かったのは葵だけだった。打撲は負ったものの打ち所がよかった葵と違い、さらに幼い弟は助からなかった。そしてその事故以降、エレナの葵への当たりが日に日に常軌を逸していった。
“お前が代わりに死ねばよかったのに”
葵がそんな言葉を掛けられているのを何度も耳にした。実際、葵に死を持って償わせようとする行動をエレナがとったこともある。その一つが、湖での出来事だ。
「エレナさんはそれから完全におかしくなっちゃったんだよな」
「元からあのクソ女がまともだったことねぇだろ」
「うん、まぁそうだな」
エレナへの強い怒りを隠しきれない京介の言葉に、冬耶も同意した。けれど、あの日を境にエレナがより一層狂い始めたのは事実。その行く末が、葵の眼前での自死だった。
「その時にも、あーちゃんは何か言われたんだと思う。強く責任を感じさせる言葉を」
だから葵は十年経った今でもその呪詛に囚われている。
「二人の死は自分のせいだ。あーちゃんはずっとそう思いながら生きてる。あの子が悪夢ばかり見て上手に眠れないのもそのせい。何人かもう知ってる人はいるだろうけど、自分の体噛むっていう癖があるのもそう」
綾瀬や奈央、そして櫻に視線をやりながら話すと彼らは揃って自分たちが目にした葵の行動を思い出したようだ。
自責の念に駆られた葵が自分に与える罰であり、パニックになった心を落ち着けようとする行為でもある。大分回数は減ったものの、未だに大きく取り乱すと葵は無意識に腕を自分の口元に当ててしまう。
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