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act.7昏迷ノスタルジア<137>
「あーちゃんが誕生日を祝われたがらないのもね、その日が弟の命日でもあるからなんだ。だからおめでとうなんて、あの子は受け入れられないわけ」
葵にとって嫌な記憶のある日。そんな想定ぐらいはしていたようだ。話の流れでどちらかの死に関連する日とまで推測していた者もいるかもしれない。
十年経っても未だに頑なな態度を取り続ける葵。今年はこれだけの味方がいる。彼らとともに盛大に、とはいかずとも、ごく普通のお祝いをしてやれたら。そう考えていると冬耶が話せば、皆は同意するように頷いたり、強い視線を投げ返したりしてくれた。
葵が皆に囲まれて楽しげに誕生日を過ごす姿を想像して、思わず口元が綻ぶけれど、これから冬耶にとって気の進まない事実を打ち明けなければならない。
「それから、北条」
「……はい」
賢い彼は話の行き先をもう覚悟しているようだった。落ち着き払っているが、その瞳にはいつものような自信は溢れていない。ただ深い悲しみの色が滲んでいた。
「あーちゃんの弟の名前がね、シノブなの」
「そうだろうと思いました」
忍本人は静かにその事実を受け入れたが、周囲はそうではなかった。特に親しい櫻や奈央が揃って忍に視線をやるものの、なんと言葉をかけたらいいか分からない、そんな様子を見せている。
「だから、俺の名前を呼べないんですね」
「あーちゃんは呼びたいって思ってる。努力もしてる。それは分かってやって」
「いいです。葵を苦しませるぐらいなら、呼ばれ方なんて何でも構いません」
名前を口にする練習に臨んでいるなんて、忍にとっては耐え難い話なのかもしれない。それでも彼が諦めてしまっては困る。
「乗り越えさせてやれるのは、きっと北条だけだと思う」
冬耶のフォローに対して、忍は明確な返事をしなかった。そして少し話を逸らすように質問を投げてくる。
「名前を耳にしたり、文字にしたりするのも葵にとっては辛いことですか?」
「ううん、あくまで自分の言葉にして発するのが苦手みたい」
会長である忍の名前を書類や掲示物に記載する機会はそれなりにある。だから忍は確認してきたのだろう。否定してやると幾分ホッとしたような顔つきになる。
彼が葵と出会い、生徒会の選挙に出ようとした時、冬耶は止めるべきかどうか悩んだ。彼が元々は性的に乱れた生活を送っていたというのも信頼に値するか不安なポイントではあったが、一番は彼の名前だ。
親しくなればなるほど、葵も忍も苦しい思いをするはず。そう考えて遥と共に悩んだけれど、葵が弟の存在を克服するいいきっかけにしたいという結論に達し、忍を招き入れることにした。その選択を正しいものにしてやりたい。
これ以上この話は続けず、先に進んでほしいという忍の願いを聞き入れ、冬耶はもう一度、話を過去に戻す。
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