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act.7昏迷ノスタルジア<138>
「エレナさんが亡くなったことは、世間でも当時それなりに話題になった。人気女優の自殺、だからね。藤沢家が動いてすぐに報道の規制はかかったけど、家の周りにまで報道陣が群がってたよ」
「今うろつているっていう記者の目的もそれ、ですか?」
櫻の問い掛けに、冬耶は肯定の頷きを返した。
「そう。エレナさんの死に疑問を感じているらしい。だから目撃者であるあーちゃんに話を聞きたい、そう言っていた」
そもそも週刊誌が葵を狙っている事実を知らない者もいる。冬耶はその情報を補足しながら、あの男の目的を告げてやった。
「馨さんが帰国し、社長に就任した。そのタイミングで動き出したっていうことは、藤沢家のスキャンダルとして話題にすることを狙っているんだと思う。当たり前だけど、あーちゃんをそんなことに巻き込みたくない」
自らカウンセリングを受けようとするぐらいには、立ち直りかけているのだ。それを無関係の第三者に興味本位で暴かれ、傷つけられるなんて許せるはずもない。
「エレナさんが亡くなって、馨さんは報道陣の追及を振り切るようにアメリカに旅立った。あーちゃんはそのことにも“捨てられた”って感じて強くショックを受けてる」
どんな形の愛情であれ、葵にとっては優しい父親だった。馨の言いつけを守り、いい子に振舞おうとしていたのも、彼に愛され続けたかったからだ。だからこそ、葵は絶望したに違いない。
「そのあとあーちゃんはお爺さんに引き取られたんだけど、手に負えなかったみたいでさ。うちの両親があーちゃんの状況を把握できた時には、養護施設に放り込まれてたよ」
藤沢家の中でどんな話が交わされ、そしてああした結論に行き着いたかは正直冬耶には分からない。でも壊れてしまった葵を家から追い出し、見捨てようとしたとしか思えなかった。
「それで、あーちゃんをうちで引き取ることになった。もちろん、すんなりとはいかなかったみたいだけどね」
両親は随分説得に苦労したようだが、決して諦めることはしなかった。だからこうして葵と暮らす今が手に入っている。藤沢の姓を外し、完全に西名家の一員にすることだけは叶わなかったが、あの時は葵の命を繋いでやることが最優先だったと陽平は言っていた。
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