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act.7昏迷ノスタルジア<139>
「で、前置きが長くなったけど、ここからが本題」
これでも最低限の情報だけを話したつもりだが、喉が渇きを覚えるくらいには喋り続けてしまった。冬耶は一度テーブルに置いたカップからコーヒーを啜ると、続きを待ち望む視線に応えるために再び口を開いた。
「帰国した馨さんが、あーちゃんを引き取りたがっている。俺たちはそれを阻止したい。藤沢家は今の所、中立」
まずは簡潔に今の対立状況を表したあと、冬耶はさらに詳しく説明を始めた。
養育費として馨が小切手を送りつけるだけに飽き足らず、学費と称した現金を学園に持ち込んだ話ももちろん彼らに伝える。
「馨さんが来たのが今週の月曜日。それを窓から見つけちゃったんだって。だからあーちゃんは一人で飛び出した。“パパ”に会いたくて」
一ノ瀬の事件の発端だ。十年ぶりに父親を見つけて、葵が落ち着いていられるわけもない。同じ部屋にいた双子に声をかけるなんて気遣いも忘れ、ただその背中を追いかけることしか頭になかったようだ。
そして馨に悪戯にからかわれ、パニックに陥ったせいで一ノ瀬に捕われた。運が悪かった、そんな一言で済ましたくはないが、そうとしか言えない。
「葵をこれからもここで育て続ける。それは現実的に有り得ることですか?」
一連の話を聞き、忍は冷静に疑問を投げかけてくる。彼の言う通り、西名家は公的に葵の親権を得ているわけではない。葵の意思がなんであれ、藤沢家や馨が望めば、それに従わざるをえない。
「あーちゃんは“跡取り”だから、藤沢の姓も捨てさせられなかった。でもね、馨さんにはもう一人息子がいた。それもあーちゃんより年上の」
兄がいる、と表現は出来なかった。自分が葵のたった一人の兄である、そんな肩書きにまだしがみついていたいのかもしれない。
椿の名前や年齢を告げ、彼がエレナとの間の子ではなく、当時藤沢家に出入りしていた大学生との間の子だという宮岡からの情報も合わせて伝えていく。一時期葵と同じ施設にいたことも。
「椿さんは最近藤沢家に出入りし始めたらしい。彼がこのまま正式に“跡取り”になってくれたら、望みはある」
葵を藤沢家から解放するという願いは叶えられる。けれど、椿が何を考えているのかが分からない。藤沢家だけでなく、西名家にすら恨みを抱き、葵と暮らすことを目標に生きていた人物だ。藤沢家に都合のいい駒になる気はおそらくないだろう。
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