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act.7昏迷ノスタルジア<140>

「色々ね、厄介なのよ」 藤沢家、馨、そして椿。それぞれが別の思惑で葵を欲しがっている。だからこそ今膠着状態であるとも言えるが、葵をただ平和に過ごさせてやりたい冬耶たちからすれば厄介の一言に尽きる。 椿が跡取りになればとは言ったものの、馨はそもそも自分の愛玩人形として葵を欲している。それに藤沢家も、馨をコントロールするための餌として葵をみなしている。単純な話ではないのだ。 正直に言って、今の西名家には勝ち目はない。葵を大切に育てて来たという養育の実績だけ。 葵が何か暗い過去を背負っていることは察していた様子の一同も、さすがに今の葵が置かれている状況までは想像出来ていなかったようだ。 冬耶ははっきりと言葉にしなかったが、藤沢家側に葵を奪われたらもう二度と会えない。その事実を予想し、彼らがショックを受けたのも分かる。おそらく今までのどんな話よりも。 「一応ね、藤沢家側には俺たちの味方になってくれる人がいる」 唯一の希望とも言える存在だ。 「馨さんの秘書をやってる秋吉穂高くん。彼もあの家に一緒に住んでたんだ」 リビングの窓から見える大きな屋敷。冬耶はそれを一度ちらりと見やりながら、穂高の話を続ける。 学生だった穂高が、幼い葵の世話係として付き添っていたことや、冬耶たちと葵とを繋いでくれたこと。あの頃は分からなかったけれど、今なら穂高がどれほどの苦労を強いられていたかは想像に難くない。 「あーちゃんのカウンセリングをしてる宮岡先生って人が、穂高くんと友人でね。二人が力になってくれてる」 彼らは葵が西名家で暮らすことが葵にとって一番の幸せだと考えている。だから危険を顧みず、力を貸してくれていた。 「穂高くんは馨さんと一緒にアメリカに行ったんだ。それがあーちゃんにとっては一番悲しい出来事だったんだと思う。だから穂高くんのことは全部忘れちゃってるんだよな」 宮岡は葵に自然な形で穂高との思い出を取り戻して欲しいと願っている。いつか二人を引き合わせることが彼の目標なのだと言っていた。冬耶も同じ気持ちだ。 「これで、現状とその背景は大体伝えられたかな。何か質問ある?」 冷めたコーヒーで喉を潤しながら周囲を見渡せば、しばらく重たい沈黙が続いた。一気に情報を与えたせいで、整理する時間が必要なのだろう。他よりは事前情報を持っていたはずの綾瀬と幸樹でさえ、難しい顔をして黙りこくっている。 「……あの」 初めに静寂を破ったのはこの中では一番年下の爽だった。律儀に小さく挙手してこちらを見てくるところが、可愛らしい。 「具体的に、葵先輩にしてあげられることってなんですか?」 恐る恐るではあるが、この場にいる誰もが抱えた悩みを爽は代弁するように尋ねてきた。真っ直ぐな瞳は、彼が短い付き合いの中でも葵を本当に大事にしたいのだと思わせる強い意志を感じる。

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