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act.7昏迷ノスタルジア<146>

「聖くんは私を悪者にしたいの?仲良くなれたと思ったのに、それはあんまりなんじゃない?」 傷ついたとばかりに嘆かれると、さすがに気まずくはなる。聖もまた、悪者にされている気分だ。 「そういうつもりじゃないです。ただ、俺は何も知らないから」 「何を知りたいの?教えてあげようか?」 注ぎ足されたワインを口に運びながら、馨は聖にとっては非常に興味深い提案をしてきた。一年生の聖たちは、葵のことに関してはどうしても出遅れがちだ。先日の一件だってそう。一ノ瀬が葵に何をしたのか、誰も教えてくれない。 だから馨の魅力的な言葉に惑わされそうになる。でも彼が真実を告げる確証はない。何もかもが妖しく見える馨のことを信用してはならないと頭の中で警鐘が鳴り響いていた。 「……いえ、結構です」 「本当にいいの?」 聖が頷くと、馨は一気につまらなそうな表情になった。 「話も聞いてもらえず、悪者扱いされ続けるのは気分が悪いよ、聖くん」 馨の言うことはある意味正しくはある。もしも馨が葵の優しい父親であるならば、失礼な言動をしているのは間違いなく聖だという自覚もあった。 「私は葵を愛しているだけなのに。どうして皆、邪魔ばかりするんだろう」 「皆って……?」 「何も知りたくないんでしょう?」 突き放すとまではいかないが、馨は聖に対して先ほどまでのような柔和な態度をとるつもりはないらしい。 「まぁいい。また日を改めて話そう」 まだテーブルの上に食事は残っているが、馨は切り上げるようなことを言い始めた。 「また、って」 「私は君の才能には惚れているからね。仲良くしたいのは本当だよ。葵のことは抜きに」 最後にそんなことを言い残すのはずるい。それが本音かも分からないのに、馨の言葉は自信の欠けた聖の心にするりと入り込んでくる。 「才能……?」 「うん、君は魅力的だよ。足りないのは経験だけ。そんなもの、すぐにどうとでもなる」 馨はそう言って聖に軽く手をあげると、隅で控えていた秘書たちを引き連れて出て行ってしまった。人を従えるのがごく自然でしっくりときてしまう立ち居振る舞いに、やはり彼が生まれながらに高貴な人間なのだと思わせる。 “フジサワカオル” その名前を検索すれば、聖でも知っている資産家の一族が引っかかった。そんな人間が自らカメラを手に取り、聖たちを撮影しにくるなんて思えない。だからただの同姓同名だと考えていた。でもあの様子を見れば、やはり彼が“藤沢馨”で間違いないのだろう。 つまりは葵もその一族の一員だということになる。それがどうして西名家でごく普通の暮らしをしているのか。葵本人の気質も、聖よりよほど庶民的だ。 葵の抱えるものの何かが分かったようで、謎はますます深まったように感じた。信じるかはさておき、馨側の話を聞くだけ聞いておけばよかった、とも悔やむ気持ちが生まれてくる。 今日は爽に告げた通り、このあと本当に打ち合わせの予定が入っていた。葵に会いに行きたい気持ちは膨らむ一方だが、止むを得ない。 中途半端に手をつけられた食事の並ぶテーブルを離れ、聖もまた店を後にした。

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