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act.7昏迷ノスタルジア<147>
* * * * * *
「案外落ちなかったね。簡単だと思ったのに」
店を出るなり、馨は少し拗ねたような口振りで穂高に話しかけてきた。聖を通して葵を揺さぶりたかったようだが、聖は己の好奇心よりも葵を大切に想う気持ちを優先させた。それが馨にとっては計算外でつまらなかったのだろう。
直接葵に接触することをきつく禁じられている状態の馨は、葵のほうから“パパ”を求めさせることにしたようだ。それが一番早く、手堅く葵を手に入れられる方法であることは穂高も理解できる。
その駒として、馨が聖に狙いを定めた理由も想像はつく。
馨に対して好意的であること。葵との付き合いが短いこと。プライドが高く、負けず嫌いな性格も、特徴さえ掴めば非常に操作しやすい。別れ際の馨の言葉に素直に揺れた幼さも、馨にとっては都合が良かったのだろう。
「やっぱり椿を高校生として潜入させるのが早いかな」
穂高が扉を開いた後部座席に乗り込みながら、馨はまた突拍子もないことを言い出した。たしかに一度彼が提案した話ではあるが、あまりにも無謀な計画であることは馨も分かっているはずだ。
「穂高が先生として学校に行くのは?」
「……私はまだ、お坊ちゃまの視界に入るわけにはいきませんので」
「確かにそうだった。私より先に葵の瞳に映ってはいけないと命じていたね」
拒む理由はいくらでも思い浮かんだが、穂高は馨の機嫌を損なわずに済む回答を選んだ。その思惑通り、馨は嬉しそうに笑って会話を切り上げた。
宮岡とのことを知っても、馨は宣言通り穂高を傍に置き続けている。今日の聖との面会にも同席させたぐらいだ。この話が宮岡を通してあちら側、そして聖本人に伝わってもいいと考えているのだろう。
でもさすがに穂高も大胆な動きは取りづらい。いつこの気分屋な馨が穂高を遠ざけ、勝手な真似をし始めるか分からないからだ。そういう意味では、あの日の馨の言動は穂高に対して十分な牽制になった。
しばらく作業に集中するという馨を社長室まで送り届けると、穂高も一旦自分のデスクがある秘書室に戻る。どれだけ片付けたとて、仕事は次から次へと舞い込んでくる。時間はいくらあっても足りない。
それに仕事に忙殺されている時は、思考がそちらに引き摺られて楽になれる。気を抜けば、葵のことばかりを考えてしまうから。
そうしてパソコンに向かって一時間ほど経った頃だった。秘書室の扉がノックされ、あまり会いたくはない人物が顔を出してきた。
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