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act.7昏迷ノスタルジア<148>
「何か御用ですか」
「うん、ちょっと話したくて。場所、移そう」
穂高の都合も聞かずにそれだけ言い残して部屋を出る身勝手さ。こういうところは馨とよく似ている。強いていうなら、馨の父も同じ類の人間だ。藤沢の血筋なのかもしれない。
それならば両親どちらの気質も受け継がず、純粋に育った葵を奇跡のように感じてしまう。温かな西名家で育った影響も大きいだろうが、元から素直で優しい子だった。だからこそ、葵に一生付き従おうと思えたのだ。
椿の先導で向かったのは応接室の一つだった。躊躇いなくソファに腰を下ろした彼に向き合うよう、少し離れた位置で穂高は足を止める。
「何突っ立ってんの?座れば?」
「いえ、話し込むつもりはありませんので」
「あっそ」
椿は穂高の言葉で気分を害したのか、あからさまに眉間に皺を寄せてみせる。
「今日どうだったの?」
「どう、とは?」
「絹川聖と馨の食事会。葵の今の様子、聞き出せた?」
なるほど、それが気になって穂高を呼びつけたらしい。言動はどうあれ、葵を心配しているというのは間違いないようだ。
「そういったお話は出ていません」
「はぁ?じゃあ何のために会ったの?使えないな、馨」
実の父親に対して酷い言い草だ。馨の父親への態度を考えれば、これもまた彼らの親子らしい共通項なのかもしれない。
「ていうか、お友達から本当に何か聞いてない?」
「何か、とは?」
「だからこのあいだ葵に何があったのかとかさぁ」
あの日から椿からは何度かこの問い掛けをされている。当然全て知らぬ存ぜぬで通してはいるが、実際のところ穂高も宮岡から正確な情報を得ているわけではない。
学内で葵が襲われた、という話だけは聞いた。その際体に受けた傷も徐々に回復しているらしいとも教えてもらった。しかし、誰が何をしたのか。その詳しい話を宮岡ははぐらかすのだ。テキストや電話で話すことではない、と。
だから近々直接会おうとした矢先に、馨からの牽制が入り、先送りとなってしまった。宮岡は心配するなと言うが、葵が何をされたのか想像するだけではらわたが煮え繰り返りそうになる。
「はぁ……マジで学校乗り込もうかな?」
穂高が椿に情報をもたらすとははなから期待していなかったようだ。椿はテーブルに足を投げ出し、ヤケのようにそんなことを言い始める。
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