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act.7昏迷ノスタルジア<149>
「お言葉ですが、高校生には見えないと存じます」
「分かってるよ。完全にコスプレになることぐらい」
穂高の指摘でむくれた顔をすると少し子供っぽくはなるが、椿は年相応の容姿をしている。馨のことを考えれば、おそらくこの先年を重ねれば重ねるほど、若く見えるようになるのだとは思う。でも決して幼いわけではない。
「まだ登校してないとかさ、結構な大怪我してるわけ?それだけでも教えてくんない?」
登校していない事実を把握している、ということは、また勝手に家の様子を窺いに行っているのだろう。穂高相手に頼み込む素振りを見せるあたり、本当に葵が気がかりでたまらないようだ。
大丈夫らしい、ということぐらいしか言えないが、伝えてやってもいいとは思う。けれど、この建物内では気の抜ける場所などない。それに、やはり真意の分からぬ椿を信用することは難しい。
「私には分かりかねます」
穂高が拒絶をすれば、椿はソファの背に体重を預け脱力してしまう。藤沢家の御曹司とは到底見えぬ、だらしのない姿だ。
「そんなに俺のこと嫌いなわけ?」
「好き、嫌いの話ではありません」
「……なんかさ、ロボットと話してるみたい。葵相手にもずっとそんな感じだったの?」
椿の言葉でつい、昔のことを思い出してしまう。きっと葵と居た頃の自分は今とは随分違っただろう。
子供らしい無邪気さを馨に封じ込められた葵が、穂高といる時だけはつられるように自然に笑ったり、泣いたり出来ると気が付いたからだ。だから穂高も葵の前では、出来るだけ笑いかけるよう心がけていたと思う。
せめて自分と二人きりの時だけでも、葵がごく普通に笑顔を見せられるように、と。
「人形とロボット。いい組み合わせだね」
目的を果たせずに機嫌を悪化させた椿は、嫌味をぶつけて部屋を出て行った。
椿の言葉で傷つくほど、穂高の心はヤワではない。何とでも言えばいい。穂高が不安なのは葵のことだけ。
葵は今、笑えているのだろうか。
もうあの子を“人形”になど戻したくはない。せっかく得られた穏やかな暮らしを手放させたくなどない。
遠目ではあったけれど、宮岡とのカウンセリングを終えて幼馴染と歩き出した葵の表情はしっかりと穂高の目に焼き付いている。笑い声がこちらに聞こえてきそうなほど、楽しげだった。
それがどれほど穂高の救いになったことか。あの笑顔だけで、自分はこの先ずっと生きていける。本気でそう思う。
離れていても穂高が心に決めた主は葵。忠誠を誓い直すように胸ポケットに手を当てて、穂高は深く息をついた。
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