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act.7昏迷ノスタルジア<155>

「無理しろとは言わないよ。心配かけたことはあの子も自覚してるから、なっちがそういう顔してても不審がらないとは思うけどな。だからまぁ、あんまり気負わず、さ」 「そんなにダメな顔してますか?」 「ダメっていうか、まぁ思い詰めてんなーって顔はしてる」 奈央の向かいに腰を下ろした冬耶は、まとめたばかりのプリント類をパラパラと捲りだした。はたから見れば、それについて会話しているように見えるだろう。在学時代から変わらず、徹底した気配りを見せる彼には敵わないと、そう思わせる。 「多分、なっちの反応が正常だから。感情の封じ込め方なんてもん身に付けてるほうがおかしいって。そっちのほうが俺は心配だよ」 奈央を慰めるだけでなく、彼は本当にそう思っているようだ。 それとなく情報を把握していた幸樹や綾瀬は別として、忍や櫻は奈央と似たような知識レベルだったはずだ。その彼らが何事もなかったように葵と接していることを、冬耶はありがたいと思う反面、不安視もしているようだ。 「あれ、そういえば爽くんは?」 奈央以上に事態を把握出来ておらず、一番と言っていいほど動揺していた爽の不在に気が付いた。彼は自分で持ち込んだテキストを広げ、一人で黙々と勉強していた覚えがあったが、いつのまに消えていたのだろうか。 「あー、なんかね京介、上野とバイクの話盛り上がって、ガレージ行っちゃったよ。なんか妙な組み合わせだよな」 確かに学年もバラバラの三人が話を弾ませている姿は想像しづらい。でも上級生の輪に入れず、もどかしい思いをしているようだった爽が馴染み始めてくれたことは嬉しく感じる。この場に聖がいたらもっと良かったとのにとも思う。 「双子ちゃん、生徒会やる気なんだって?」 「そうですね。今も色々手伝ってくれてます」 「じゃあ次期役員は二人ゲットってわけだ。二年から無理に候補選ばずに、このまま一年で固めるのもありかもな」 卒業した身だからと生徒会の体制自体にあまり口を出さない冬耶だが、やはり来年度のことが気がかりではあるらしい。奈央も現一年に頼らざるを得ないとは考えていた。 「実は、一人いいなと思う子がいて」 「へぇ、どんな子?」 忍たちにはまだ話していないが、聖や爽とグループを組ませるために葵が選んだ小太郎のことが奈央は気になっていた。少し調べたところ成績は今ひとつのようだが、同級生だけでなく上級生や中等部の後輩たち、そして教師からも愛されている明るいキャラクターは稀有なもの。 それを話せば、冬耶も興味を持ったらしい。 「双子ちゃんのオリエングループ組むの手伝った話は聞いてたけど、そういう子だったのか。確かに、それは良さそう」 「はい、体育祭の実行委員でも仕事は真面目にしているそうなので」 委員長をやっている友人から聞いた話によれば、小太郎は運動神経がいいからという理由だけでクラスメイトに推薦され、委員になったらしい。フットワークも軽く、素直な小太郎の存在は助かっていると、そう言っていた。 部活動に一秒でも早く参加するために、ではあるが、全力で仕事を片付けようとする姿勢もありがたいようだ。

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