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act.7昏迷ノスタルジア<156>
「なっちの顔、しっかりしてきた。やっぱ仕事の話してるとシャキッとするのかもな」
「そうですか?あまり自分では分からないですけど」
触っても意味がないとは思うが、冬耶の言葉で思わず自分の顔に手を置いてしまう。
「一人で変に悩みすぎるのがなっちの悪いとこだから、たまには直感で動きな。これからどうするべきか、無意識でもちゃんと考えて行動できてるはずだよ」
今の葵にしてやれることが浮かばない。だから遠い未来に思いを馳せてしまうだけだ。けれど、彼の言葉で救われる自分もいた。
「だからほら、行ってこい」
「あ、ちょっと、待ってくださいまだ」
心の準備が出来ていない。そう言いかけた奈央のことを気にも留めず、冬耶は奈央の腕を引っ張って無理やり立ち上がらせた。
「あーちゃん、なっちも混ぜてほしいってさ」
大きな声で輪の中心にいる葵を呼ぶ傍若無人さも冬耶らしい。そういえば、彼が生徒会にいた頃はいつもこうして振り回されていた気がする。
「奈央さん!」
そして奈央がからかわれていることなんて気付かず、純粋に受け入れてくれる葵も居て。そう、いつもこうだった。
無邪気に両手を広げられて、自分に一体どうしろというのだろう。二人きりならまだしも、周囲は葵を一途に想う者ばかりがいるのだ。堂々と抱き締めるなんて出来るはずもない。
「往生際が悪いぞ、なっち」
しかし冬耶がそう言って背中を押してくるし、忍や櫻も葵に恥をかかすなと言いたげに視線を向けてくる。都古はつまらなそうに睨んでくるけれど、止めはしない。どうしてこんな時だけ大人しくしているのかと、理不尽なことを思いたくもなる。
だがあまりに待たせすぎるのもおかしい。言葉で伝えられないのならば、葵を大切に想う気持ちはこうして伝えるのが合理的なのかもしれない。
伸ばされた葵の腕を取り、椅子に座る彼の上体を抱き寄せた。きつく力を込めることはしない。ただ大切に、優しく包むように葵の背に手を添えるだけ。
七瀬からもっとガバッといけ、なんて物騒な野次が飛んできたが、気にすることはない。これが今の自分に出来る葵への最大限の表現だ。
「心配かけてごめんなさい。ちゃんと、帰ります。もうちょっとだけ、待っててください」
奈央の肩に腕を回してしがみついてきた葵が、奈央だけに聞こえる声量で囁いてくる。
「うん、待ってるよ。葵くんが居ないとサボり魔ばっかで全然はかどらないんだ」
「サボり魔、ですか?」
「そ、僕以外全員ね」
奈央がそう返すと、くすくすと笑い出した葵の体が揺れる。
可愛い後輩。それ以上の感情なんて抱いてはいけないと何度自分に言い聞かせたか分からない。でもこうして布越しでも体温に触れ、耳元で声を聞いて、そして笑い合えば、否が応でも思い知らされる。
自分にとって葵がいかに特別な存在かを。
自分からけしかけたくせに、そろそろ離れろと冬耶が止めに入って引き剥がされてしまうから、もっとああしていたかったと名残惜しさばかりが湧き上がる。
幼い頃だけでなく、今も苦しみ続ける葵を少しでも笑わせてやれたなら。生きていく支えになれたなら。そんなことを考える時点でもう心は決まっているのだろう。
ガレージから戻ってきた三人とも楽しげに会話を始めた葵の横顔を見ながら、奈央は己の感情に抗うことへの限界を感じ始めていた。
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