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act.7昏迷ノスタルジア<160>
* * * * * *
楽しい時間はあっという間に終わってしまう。皆が帰ってしまってからもう随分と経っているというのに、葵は未だに醒めない夢の中にいるような、ふわふふわとした高揚感に包まれていた。皆に会えて、本当に嬉しかったのだ。
試験勉強を頑張らねばならないというのに、机に向かっても彼らと交わした会話を思い出して浸ってしまう。都古のほうが真面目に勉強しているかもしれない。
先輩たちは葵だけでなく、都古の試験対策まで考えてくれていた。都古が繰り返し眺めているのは、各科目で最低限押さえておくべきポイントがまとまったノート。高得点を狙うためのものではなく、追試を免れるためのもの。
葵はつい、全ての範囲を都古に教えなければと意気込んで、毎回失敗していた。こんな風に学習の対象を絞ってやれば、都古が挑戦するハードルが随分下がるなんて思いつきもしなかった。
「よかったね、みゃーちゃん」
葵の足元に丸まりながら勉強を続ける都古の髪を撫でてやれば、嬉しそうに擦り寄ってくる。
「追試じゃ、なかったら、褒めて」
「もちろんだよ。いっぱい褒める、すっごく褒める」
全力で頷けば、都古の笑顔がますます深くなった。
「ご褒美は?」
いつもの台詞も飛び出すけれど、拒む理由はない。どんなものを望まれるかはさておき、頑張った都古を労いたい気持ちは試験に臨む前の今でも十分すぎるぐらいに膨らんでいる。
勉強を直接見た忍や奈央が、都古を認めるようなことを言ってくれたのも葵にとっては喜ばしかった。
勉強についていけず、授業中自分だけが取り残される恐ろしさは葵自身痛いほど経験がある。都古もずっとそんな孤独と戦っているのだ。理解し、そして手を差し伸べてもらえたことは、自分のこと以上に嬉しい。
夕食後一番に入浴を済ませるのは相変わらずだが、都古は戻ってきても尚、ノートをずっと手に持ったまま。葵にくっついて甘えながらではあるが、勉強を続ける姿は本当に追試を避けたい意志を感じる。
「京ちゃんは本当にいいの?勉強しなくて」
葵のベッドに転がりながら雑誌を眺めている京介は、今日の勉強会には全く参加する素振りはなかった。幸樹や爽とバイクの話ばかりしていたことを覚えている。
「それなりにしてるから」
「いつ?」
「お前が寝てるあいだ」
京介はこちらを見もしないで、葵をあしらってくる。放っておいても大丈夫だとは分かっている。以前京介は自分なりに進路を決め、それに必要な準備は進めているようなことを言っていた。葵よりもずっとしっかりしている。けれど、それが寂しかった。
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