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act.7昏迷ノスタルジア<161>

高校を卒業したらどうするか。葵も京介を見倣い、そろそろ具体的に考えなくてはいけない時期だ。一学期の終わりには保護者も交えての面談も控えている。 勉強は嫌いではない。むしろ、新しいことを学ぶのは好きだと思う。でも、社会に出て働くには十分な年齢であることは知っていた。 隣人であった葵を引き取り、何不自由なく育ててくれたこの家に、これ以上の負担をかけるわけにはいかない。そんなことを考えてしまう。 だから自立する。それが葵から大好きな彼らへの最大の感謝の形だと感じる。 沢山の思い出があるから、この家を出てもきっと寂しくはない。縁が切れるわけではないのだ。会いたくなったら、遊びに来ればいい。他の家族だって当たり前に経験する別れ。 数年前からぼんやりとは思い描いていたこと。それを一度も口に出したことはないから、家族は皆、当たり前のように葵を進学させるつもりでいるようだ。だから今度の面談が初めて打ち明ける機会なのかもしれない。そうも思っていた。 でも、葵の中には今気がかりなことがある。学園に現れた自分の父親、馨の存在だ。 彼の意図は葵には分からない。一度は捨てた葵を求めてくれているなんて、そんな甘い期待をしてはいけないとも思う。けれど、それでは制服を送ってくれた理由はなんなのか。気まぐれ、なのだろうか。 馨のことを考えると、分からないことばかりで頭が混乱する。自分の感情すら分からなくて、疲れて、そして思考するのをやめる。その繰り返し。 結局勉強の続きには身が入らず、迎えに来た冬耶と共にバスルームに向かっても、頭は不安定な未来に揺らいだまま。 「あーちゃん、大丈夫?」 髪を乾かしてもらうあいだ、またつい意識を外にやってしまっていた。冬耶に頬を突かれてハッとする。 「皆と遊んで、少し疲れたかな?試験も受けたしな」 「ううん、大丈夫。疲れてないよ」 たった数時間皆と会っただけで体力を消耗したなんて言われたら、登校の時期が後ろ倒れてしまうかもしれない。慌てて取り繕うと、冬耶は宥めるようにぽんぽんと頭を叩いてくる。 「じゃあ今日はお兄ちゃんと話そうか」 ドライヤーを片づけ、乾き切った髪に櫛を通しながら、この後の予定を提案してくる兄に、葵は頷きを返した。こうして切り出される時は、ただ楽しいだけのお喋りではない。

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