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act.7昏迷ノスタルジア<162>
部屋に向かう前、冬耶は葵を抱き上げたままなぜか一度葵の部屋に足を運んだ。そして手帳がどこにあるのかを尋ねてくる。
「……どうして?」
「まぁまぁ、いいから。どこにあるの?」
普段の冬耶ならば、なぜ必要なのかをきちんと説明してくれるはずだ。でも冬耶はにこやかな表情のまま、再び問いを繰り返すだけ。
学園の行事や生徒会の予定ぐらいしか書かれていない、単なるスケジュール帳だ。時折メモとしても使っているが、見られて困る内容は書かれていない。でも、一つだけ葵を不安にさせることがあった。
手帳そのものの中身ではなく、カバーの間に挟んだ封筒の存在だ。歓迎会の初日、葵のもとに届けられた手紙。迂闊に捨てるわけにもいかず、けれどどこかに置いておくのも不安でずっとそこに挟んでいたのだ。
この存在が冬耶にバレたのか、不安が込み上げてくる。でも話そうとも思っていたこと。観念するべきなのかもしれない。
「一番上の、引き出し」
「あぁ、これね。よし、じゃあ行こう」
冬耶は葵の不安をよそに目的のものをすぐに見つけ、取り上げた。冬耶に連れられて部屋を出る瞬間、思わず助けを求めるように都古へと視線を投げてしまう。だが彼は少し心配そうな顔をするものの、引き止めてはくれなかった。
葵の体はいつものベッドに下ろされる。けれど、いつもと違うのはそこにノートパソコンが置かれていること。
「ちょっと待ってて。準備するから」
パソコンを操作し始めた冬耶に言われるまま、葵はその様子を大人しく観察することにした。これからどんな話をするのか、少し気が重くて、それを紛らわすようにクッションの一つを抱き締めてしまう。
でも冬耶は葵の気持ちとは裏腹にどこか楽しげな様子だ。
「お待たせ、あーちゃん」
そう言って葵にパソコンの画面を向ける仕草も。何が映っているのかを確かめるために、冬耶から視線を移してようやくその理由を理解した。
初めは暗かった画面が切り替わり、明るい室内が映る。照明ではなく、自然光の眩しさ。
クリーム色の地に淡い水色の花が散りばめられた壁紙。そこに掛かる絵画や小物。天井からぶら下がるペンダントライト。そのどれもが見慣れぬもので、目が奪われるけれど、釘付けになるのは中心にいた人物だった。
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