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act.7昏迷ノスタルジア<163>
『久しぶり、葵ちゃん』
手を振って、そして笑いかけてくるのは、会いたくてたまらなかった人。
「今日のおしゃべりに同席してもらおうと思って。びっくりした?」
驚きすぎて、言葉が出ない。ただ今目の前で起こっていることが本当に現実かどうかを確かめたくて、何度もパソコンと、そして冬耶とを見比べてしまう。
『あーあ、固まっちゃった。だから事前に伝えたほうがいいって言っただろ?』
「こういうサプライズなら嬉しいかなって」
二人の会話もまともに耳に入らない。嬉しくて、恋しくて、息をするのすら忘れてしまいそうだ。
『おーい、葵ちゃん。そろそろ声聞かせて』
笑いながら呼びかけられ、なんとか呼吸を整えようとするが、なかなか難しい。
「遥さん、大好き」
ようやく絞り出せたのはそんな言葉。途端に画面の向こうの遥も、そして傍に控える冬耶も声を上げて笑い出した。その笑い声すら懐かしくて、涙が溢れてくる。会いたかった。直接触れられるわけではないけれど、どんな形でもいいから彼に会いたかった。
『俺も大好きだよ。だから泣かないで。冬耶、俺の代わりに抱き締めてあげて』
「よし、任せろ。おいで、あーちゃん」
そう言って、冬耶はベッドに座る葵の背後から覆いかぶさるように抱きすくめてきた。遥より逞しいけれど、でも、今はこの腕を遥だと思う。涙を拭ってくれる指も同じく。
「前にさ、遥に会ったら話したいこと手帳に書き留めてるって言ってただろ?だから、はい」
冬耶が葵の手元に手帳を差し出してくれる。ようやく寄り道の理由が分かった。あの写真の存在がバレたわけではなく、遥とのお喋りのために持ってこさせたかっただけ。それが分かって、ホッとしてしまう自分がいた。
ここには遥が卒業し、旅立ってしまってからの出来事が箇条書きで記されている。
入学式で聖や爽と出会ったこと。始業式で櫻にひどく叱られてしまったけれど、その後仲直りができたこと。都古と七瀬、二人と同じクラスになったこと。歓迎会や、連休中の出来事ももちろん並んでいる。
これを話すのは遥が一時帰国するという六月になってからだと思っていた。だから予定よりも早く対面すると、話したいことを整理するために作ったメモすら役に立たないほど慌ててしまう。
「どうしよう、何から話そう」
早速手帳と睨めっこを始めると、また冬耶と遥が笑うのが分かる。落ち着かせるように冬耶が頭を撫でてくれるが、浮き足立つのは止められない。
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