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act.7昏迷ノスタルジア<164>

「じゃあ先にお兄ちゃんが話したいこと、聞いてくれる?」 「お兄ちゃんが話したいこと?」 「うん。というか、そうだな、あーちゃんと話さなくちゃいけないこと、かな」 背後の冬耶を振り仰げば、彼は笑顔を携えながらもどこか苦しげな表情を浮かべていた。そういえば、冬耶はそもそも“遥を同席させる”、そう表現していた。遥と話すことが主目的ではないということなのだろう。 「お兄ちゃんの言いたいこと、なんとなく分かる?」 話すべきこと。その心当たりはもちろんある。頷くと、冬耶は葵を膝の上に抱え上げてくれた。 「不安にさせたくないからこれだけは言っておくよ。お兄ちゃんはあーちゃんの味方。それは絶対に変わらないから。分かった?」 もう一度頷きだけで返事をした。不安がないと言えば嘘になる。でも冬耶の愛情を疑いたいわけではない。 「あーちゃんとこれからもずっと一緒に居たい。そのために、きちんとしておきたいんだ」 冬耶は言いながら、背後に重なるクッションの山の中から白い包みを取り出した。それには見覚えがあった。葵がベッドの下に隠していたはずのものだ。 「掃除の合間に見つけちゃった。この話、あーちゃんもしたかったんじゃないかな?」 「……うん、でも、なんて言ったらいいか分からなくて」 いつまでも隠し通せるとは思っていなかった。都古が促してきたように、早く冬耶に話すべきだと頭では分かっていた。けれど、怖くてずっと逃げ続けていたのだ。だからこうして冬耶に見つけられて、どこか安堵したのは否めない。 「これを誰が送ったのか、あーちゃんは分かってるよね」 送り状にも、同封されていた手紙にも名前は書かれていなかった。けれど、答えは簡単だ。 「パパが、くれた」 呼び名だけでも胸が痛くなる。幼い頃の曖昧な記憶の中でも、自分が“パパのお人形”だったことはよく覚えていた。 可愛い衣装を着せられ、そしてカメラを向けられる。彼の好む笑顔を浮かべられれば褒められ、反対に彼の意に背く行いをすれば厳しく叱られた。葵なりにいい子でいられるよう努めたけれど、結局最後には捨てられてしまった。 『葵ちゃん、大丈夫?続けられそう?』 「大丈夫。お話したい」 『それならいいけど、無理はしないように』 葵の表情で、過去の記憶に引きずられそうになったことが伝わったのかもしれない。遥が心配そうな目を向けてくるが、馨のことと向き合いたいというのは葵の本音だ。 「それじゃあ、馨さんが帰国したことから話そうか」 「……パパ、ずっと日本にいなかったの?」 「あぁ、そうか。そこからだね」 冬耶の話では、あの家を出て行った馨はすぐにアメリカへと旅立ってしまったらしい。それからこの春先までアメリカを拠点に生活をしていたのだという。

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