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act.7昏迷ノスタルジア<165>

「社長に就任したのをきっかけに戻ってきたんだ」 「社長?パパが?」 葵の記憶では、あの家の馨の部屋に沢山のカメラとそれにまつわる機材が並べられていた。それが仕事だといつも言っていた。だから“社長”という役職が少し不思議だった。 『葵ちゃん、お父さんが何者か分かってないんじゃないか?』 あの屋敷の大きさを考えれば、それなりに裕福な家であることぐらいは認識していた。でも遥の言葉はそれ以上の何かを秘めているようだった。 「確かにな。これ、見てごらん」 冬耶が差し出した携帯の画面を覗き込めば、そこには企業のホームページが表示されていた。そのロゴはもちろん見たことがある。多岐にわたる領域の事業を展開し、グループの総売り上げは日本でも一、二を争うほどの規模だという知識ぐらいもあった。同じ名前を持っているから、そのグループに纏わるものを見かけるとなんだか意識もしてしまっていた。 でもそれが一体何なのかと疑問に思っていると、中核企業の代表者の氏名でようやく察する。“藤沢馨”、間違いなく葵の父親の名前だ。 「パパがここの社長……なの?」 「この藤沢グループのトップがあーちゃんのお爺さんで、順当に行けばその次が馨さん」 裕福どころの話ではなかった。あの屋敷は近所を見渡しても一番大きなものではあったが、それでもここはごく普通の住宅街。そんな想像をしたこともなかった。 「アメリカで経営の勉強なんかを色々して、実際に携わることもして、それで戻ってきたんだってさ」 冬耶はこの十年の馨の動きを簡単に説明してくれるが、頭がまだ追いつかない。自分のルーツを知ることは避けてきた。知らなくてもいいと言ってもらっていたし、自分もそれでいいと思っていたからだ。だからこうして突きつけられると、どう処理していいのかさっぱり分からない。 『家のこと、気になる?』 「……気になる、っていうか。パパはカメラマンだって思ってたから、なんだか変な感じで」 社長という職、それもこんな大きな企業の社長がどんな仕事をしているかは葵には分からないけれど、葵の持つ馨のイメージとかけ離れているのは確かだ。 馨の部屋にあるカメラや機材。それを手入れしている時はいつも機嫌が良かった。葵を膝の上に乗せ、一つ一つ説明してくれたこともあった気がする。馨との記憶は決して恐ろしいものだけではない。 「立派に“社長”してたよ、馨さん」 冬耶の言葉で、やはり馨と会っているのだと理解した。 あのサングラスをかけた男は、冬耶が連休中に馨と面会していたことを伝えてきた。櫻と訪れたカフェで遭遇した際のことだ。葵を動揺させるための嘘の可能性もあると考えていたが、あれは本当だったのだろう。

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