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act.7昏迷ノスタルジア<167>
「続き話す前に、ちょっと休憩する?」
冬耶から問われ、葵は首を横に振った。彼の腕に包まれ、そして遥も画面越しではあるけれど葵の傍にいてくれる。十分に安心できる環境だ。
「分かった。でも辛い気持ちでいっぱいになったらすぐにやめような」
冬耶は葵の様子を伺うように一度顔を覗き込んで笑いかけてきた。兄の顔を見るだけでも葵の精神は随分と安定する。
「馨さんの言い分を飲むわけにはいかなかった。あの人があーちゃんをどれだけ傷つけたかを知っているから」
傷つけたという言葉には少し違和感があった。馨は優しかったからだ。葵を抱き締め、キスもしてくれた。だからずっと一緒に居たかった。居てくれると思っていた。
また胸がぎゅっと締め付けられるような苦しさを覚える。でもこれ以上話の腰を折るわけにはいかず、葵は必死で動揺を押し殺した。
「それに、いるとかいらないとか。返すとか返さないとか。あーちゃんを物みたいに扱うことも許せなかった」
冬耶の言葉で葵は気が付く。
西名家に引き取られ、親の愛情も家族の温かさも教えてもらった。だから馨の姿を見つけ、自分を迎えに来てくれたのかもしれないと考えた時、馨との未来を思い描いてしまった。西名家で過ごしたように、ごく普通の親子として馨と過ごす未来を。
でもそうではない。あくまで自分は彼にとって“人形”でしかないのだ。
失われた十年を埋めるように親子としてやり直すなんて、そんなことは有り得ない。
「だからはっきり断った。あーちゃんは俺たちの家族だから。あんなに怒った父さん、初めて見たよ」
馨がもしも父親としての愛情を葵に注ごうとしているのならば、葵の意思を確認した上で再会させることも考えていたらしいとも冬耶は教えてくれた。その陽平が怒ったということは、馨にはそんな意向が全く見られなかったのだろう。
葵を育ててくれた陽平の愛情を感じられる話だが、素直に喜ぶことはできない。でもこの気持ちを言葉にするのは難しかった。
「ごめんな。大事なことなのに、ずっと黙ってて。それに、俺たちが選ぶことではなかったとは思う」
謝罪に対しては軽く首を振って反応してみせるが、やはり口を開くことは出来ない。与えられた情報を咀嚼するのには時間が必要だった。
冬耶はゆっくりと髪を撫で続けてくれるし、遥はずっと温かな視線を送ってくれる。だから葵は二人が与えてくれた優しい沈黙に身を委ね、昏迷する心に向き合い始めた。
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