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act.7昏迷ノスタルジア<168>

* * * * * * 泣きじゃくったり、パニックになったり。そんな予想をしていたから、冬耶は対策として遥という安定剤を準備したのだが、葵は思ったよりはずっと穏やかに受け入れる様子を見せた。葵なりに覚悟をしていたのかもしれない。 それでも混乱はしているようだ。今も冬耶の腕を握りながら、ジッと何かを考え込む素振りを見せている。 「パパ……どうして」 どのぐらいの時間が経っただろうか。葵はようやく口を開いた。 「どうして、学校にいたの?」 おそらく聞きたいことも知りたいことも山ほどあるだろう。でも葵が一番に口にしたのはその疑問だった。 葵を馨の手に引き渡すことを断ったのが連休中の話だ。そして馨が学園に姿を現したのが五日前。馨が諦めていないことを示していた。 「あーちゃんの学費も生活費も、藤沢側の援助をもらったことはないってさっきも言ったけど。馨さんとしてはそれがね、面白くなかったみたい。あーちゃんの今までの学費を現金で持ち込んだんだってさ」 「今までのって……」 「初等部から今までの」 具体的な学費の金額を知らぬ生徒も多いだろうが、奨学金を得ている葵は違う。それがどのぐらいの額になるのかは想像出来たようで、驚いた顔をしてみせた。 「あぁ、もちろん学園側から馨さんに返金してもらったよ。あーちゃんはうちの子。馨さんにとっては大した金額じゃないんだろうけど、それでも頼る理由はないからさ」 補足説明をしてやれば、葵はまた複雑そうに伏し目がちになった。 葵が西名家に対して後ろめたい気持ちを抱えていることはよく理解している。家族になったとはいえ、葵がどこかで線引きをして遠慮する傾向も歯がゆく思っていた。 中等部に上がってしばらくして、奨学金の制度を使いたいと言い出してきたこともそうだ。葵が勉強を頑張る理由になるのは悪いことではないが、気を使わないでほしいと両親が嘆いていたことを覚えている。 「あーちゃんは、馨さんからお金受け取るべきだったと思う?」 また口を噤んでしまった葵に、冬耶はあえて一歩踏み込んだ質問を投げかけた。当然葵は困った顔をしたけれど、少し思案したあと、感じたことを素直に口にし始めた。 「パパがお金を渡すのは、その、変なことではないのかなって思って」 「それは、馨さんがあーちゃんの父親だから?保護者として、あーちゃんの養育に纏わるお金を出すのが義務だから?」 葵を追い詰めすぎないように口調には気をつけながら、冬耶はさらに問い掛けた。そのどちらも肯定するように、葵は小さく頷く。 やはり西名家の一員である、という意識が葵には薄いらしい。無理もないことなのだろうが、兄弟、家族としての絆を育んできたつもりの身としては悲しくて堪らない。

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