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act.7昏迷ノスタルジア<171>
「学校も行けないってこと?」
「そうだと思う」
葵にはそれだけでもショックな話だろう。ただでさえ、久々に葵の大好きな友人たちに集まってもらい楽しい時を過ごしたばかり。その彼らとも二度と会えなくなると言われたのだ。
「もしもあーちゃんがどうしても馨さんと会いたいって気持ちが止められなくなっても、一人では行動しないで。取り返しがつかなくなるから」
葵は頷くこともできない様子だ。ただ呆然と固まり、必死で頭の中を整理しているように見受けられる。
「まずはお兄ちゃんに相談すること。それは絶対に約束して。その時は何か方法を考える」
こんな逃げ道を用意してやれば、葵の動揺は幾分かマシになった。それでも布越しにバクバクと大きな鼓動が伝わってくる。白い頬にも涙が伝い始めてしまった。今まで堪えていたというよりは、衝撃続きで泣く間もなかったという表現が合う。
『冬耶、今日はもう終わりにしたほうがいいんじゃないか?』
葵を無理に泣き止ませることはなく、ただ腕の中の存在をあやしていると、遥から不意に声が掛かった。
でも彼に言葉通りの意思があるわけでないことぐらいは分かる。もし本当に中断させたいなら、まるで他にも話題があるような雰囲気を出すわけもない。だからこれは暗に先に進めと、そう言いたいのだろう。
葵と話したかったのは馨のことだけではない。何度か葵に接触しているであろう椿の話も、この機会に聞き出したいと考えていたのだ。
葵にとっては苦しい時間を続けさせるのは冬耶だって辛い。けれど、早く対応したほうが結果的に葵のためになるという遥の思いも理解できる。
「なぁ、あーちゃん。教えてほしいことがあるんだけど、もう少しおしゃべりできそう?」
冬耶のシャツに顔を埋め、ひくひくと泣いていた葵に尋ねると、少しの躊躇いのあと頷きが返ってきた。
「どうしてなっちと出掛けた日に馨さんと会ったって知ってたの?誰かに聞いた?」
「……うん、小切手も、見た」
あの面会の理由を、葵は金額の吊り上げ交渉だと吹き込まれたことも打ち明けてきた。それが櫻と過ごした喫茶店で出会った男からの情報だということも。
あの日葵が家に帰りたがらなかった理由が正確に理解できた。不信感を煽る言葉を吐かれたとは予想していたが、想像以上に酷い内容だ。
「あーちゃんの知ってる人?」
「ううん、誰か分からない。サングラスしてて、顔もよく見えないから」
どうやら椿は葵にまだ自分の正体を全く明かしていないようだ。葵と暮らしたいのなら、兄だと名乗り、素顔を晒せばいいのに、なぜそうしないのか。
「会ったのはその日だけ?」
冬耶が確認すると、初めて会ったのは連休のはじまり。おつかいに出た先で出会い、“偽物の家族”と西名家を表現されたのだという。だからあの日葵はなかなか家に帰って来られなかったようだ。“パパ”のことを急に気にしだしたのも、彼の言葉によってだと予測がついた。
そして冬耶と向かった本屋では、揃いで買った帽子を奪われたらしい。葵は具体的なことを口にしなかったが、冬耶を蔑むことも言われたようだ。
椿の言動は、聞く限り、やはり西名家への恨みが根底にあるように感じた。葵への愛情も、ただ可愛い弟に注ぐ類のものではなく、どこかで大きな歪みが生じている。椿の境遇は同情すべき点もあるが、葵を傷つけていい理由にはならない。
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