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act.7昏迷ノスタルジア<172>
「多分、だけど。これもそのお兄さんが送ってきたと思う」
遥との会話用にと持ってきた手帳を、葵は差し出してきた。促されるまま表紙を開くと、そこに真白い封筒が挟んであることに気が付く。封筒の中身は、幼い葵の写真だった。
『それ、写真?』
「あぁ、うん。見える?」
遥のためにその写真をカメラに向けてやって初めて、裏面に文字が記されていることを知った。
“ママとシノブを忘れたの?”
英文で書かれたそのメッセージも、写真を裏返して遥に見せてやる。
『葵ちゃん、それいつ受け取った?』
「……歓迎会の日の朝。寮監さんからもらったの」
なるほど、と思わず遥と目を合わせてしまう。
自分たちが卒業したら葵が元気を失うぐらいは予期していた。幸樹が偶然にも母親との思い出の品や場所を与えてしまったことも、葵の心を大きく乱す要因になったとは思う。でも湖に自ら飛び込むなんて、大胆な行動を取るにはまだピースが足りない気がしていたのだ。
「なんで言わないかなぁ、あーちゃんは。どうして抱え込むの?お兄ちゃん、そんなに頼りない?」
最後の問いに葵は首を横に振って答えるが、それ以上口を開くことはない。また冬耶にしがみついて、静かに泣き始めるだけ。
これが葵の性格なのだとは分かっている。健気なところが愛しいとも思う。でも、やはりやりきれない。どうしてこれほど理不尽に心を砕かれても、助けを呼べないのか。本当に命を落としてしまいかねなかったというのに。
「悲しいし、結構怒ってるよ、あーちゃん」
「……ごめ、なさい」
葵にはとびきり甘い自覚はある。二度とこんなことがないよう叱らねばいけないのも分かっている。けれど、泣き濡れた目で見つめられ、謝られたらそれ以上追及することなど出来ない。
「じゃあ今日はお兄ちゃんと一緒に寝よう?」
「それで、いいの?もう、怒らない?」
「あとはそうだな、ほっぺにチューしてくれたらいいよ」
おどけて笑ってみせれば、葵は早速とばかりに上体を伸ばして唇を寄せてきた。ただ触れるだけの幼いキス。それでも葵からの精一杯の愛情表現なのは知っている。
「……ちなみに、もう隠し事はないよな?」
冬耶からも頬へのキスを送り返してやりながら確認すると、“たぶん”なんて心許ない返事をされる。気になりはするが嘘を付いている様子はないし、今夜はこれ以上葵にとって苦しい時間を続けさせるつもりはなかった。
「じゃあお兄ちゃんはお風呂入ってくるから。そのあいだ、遥とお喋りしてな」
冬耶が退席を告げると葵は寂しそうな顔をしたけれど、遥と話したくて仕方ない気持ちが勝ったようだ。改まると少し緊張するのか、はにかんだ様子でパソコンに向き合う葵を見ながら、冬耶は部屋を後にした。
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