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act.7昏迷ノスタルジア<173>

宣言通り風呂に向かう前に、冬耶からの報告を待ち詫びているであろうもう一人の弟の元へ向かう。彼は都古とともに葵の部屋に居た。 「どうだった?つーか、葵は?」 冬耶が顔を出すなり、携帯をいじっていた京介がすぐに反応する。都古はベッドの上に丸まり、今日与えられたノートに目を通していたようだ。眠そうにしながらも、冬耶には鋭い視線を送ってくる。 「あーちゃんは今遥とお喋り中。頑張ったご褒美タイム」 「あっそ。で?」 二人からすれば、葵が遥を恋しがっている状況が面白くはないのだろう。揃って不機嫌そうな顔をするから、彼らはとても気が合うのではないかと、そんなことを考えて笑えてしまう。 「ひとまず、“パパのお人形には戻りたくない”って意思は確認できたよ」 「なんか煮え切らねぇ答えだな、それ」 「色々一気に情報与えたからね。上出来だと思う」 宮岡とのカウンセリングで、葵がある程度己の過去と対峙することに慣れ、整理出来ていた効果もあったのだと冬耶は感じる。そうでなければ、きっと馨との思い出を蘇らすだけでも、まともに会話を続けられない状態に陥っていたはずだ。 「ただ反動が来るかもしれないから。今夜は俺の部屋で寝かせるよ」 どんなに落ち着いて受け入れた様子を見せていたとしても、混乱していることは間違いない。悪い夢を見る可能性も高い。だから冬耶がその責任をとるつもりだった。でも二人は不満げだ。 「月曜から登校させんの?」 「それは明日のあーちゃんの様子次第かな」 学園内の不安要素が完全に消えたわけではない。でも少なくとも今日来たメンバーは葵を守ってくれる。この家で囲っておくのが安全ではあるが、それでは馨のやろうとしていることと変わりがない。 「みや君も登校する準備しておくんだよ」 すっかり西名家の家猫と化した都古にも釘を刺せば、彼は欠伸をしながら頷きを返した。クラスメイトの彼には出来る限り葵の傍から離れないでいてほしい。本人もそのつもりだろうが、謹慎処分を食らったばかりだから不安なのだ。 「もう喧嘩はダメだからな。“逃げるが勝ち”っていうだろ?無茶はしないで」 クールなようで血の気の多い彼には無駄な念押しになりそうだが、言わずにはいられなかった。案の定、都古は約束出来ないと言わんばかりにそっぽを向いてしまう。ある意味素直ではある。 葵が戻ってこないのならと、京介は冬耶と共に葵の部屋を出て階下までついてきた。自分の部屋に帰らないのには訳があるのだろう。 「……なぁ、兄貴」 浴室に向かう冬耶を追うように、京介が声を掛けてくる。その表情はいつものしかめっ面ではなく、少し頼りなげに見えた。 「葵は俺たちを選んだって思っていいんだよな?あいつからあっちに行くことはねぇよな?」 葵が馨に取られることはないと確証が欲しいのだろう。気丈に振舞ってはいるが、葵を失う恐怖に怯え続けていることは分かっている。 葵からの答えはまだ、京介の求めるほど強いものではない。馨にも会いたいと言っていた。冬耶はその事実を受け入れられるけれど、京介には難しいだろう。彼は感情が怒りに振り切れてしまう傾向がある。その矛先が葵に向くことも。 「お兄ちゃんに任せなさい。大丈夫だから」 イエスでもノーでもなく、冬耶はそう言って京介の肩を叩く。到底納得出来ないだろうが、京介はそれ以上冬耶を追うことはなかった。

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