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act.7昏迷ノスタルジア<176>
『遥さんとの約束、守れなかった』
「約束?」
『遥さんがいなくても、がんばるって』
だから遥に甘やかしてもらう資格がない、そう言いたいのだろう。
「ちゃんとがんばってたって聞いたよ?生徒会も、勉強も。それに、友達まで増やせたんだ」
褒めてやるには十分すぎるぐらいだ。それに、一ノ瀬から与えられた理不尽な暴力も、椿に吹き込まれた嘘にも、葵はひどく傷つけられた。厳しいと思われる遥だけれど、こんな時にまで葵に自力で乗り切れなんて言うわけがない。冬耶に頼まれなくとも、初めからとことん甘やかしてやるつもりでいた。
『でも、ダメだった。いつも皆に助けてもらってばっかり。遥さんに褒めてもらいたかったのに』
「だから全然連絡くれなかったの?褒められるどころか、叱られる、なんて思った?」
葵には電話番号もメールアドレスも住所も、きちんと伝えておいた。どんな手段ででも連絡が取れるようにと。でも結局今日に至るまで葵から自発的なコンタクトは一度だってなされなかった。さすがに遥だって寂しさは否めない。
『連絡して、よかったの?』
「もちろん。ずっと待ってた。辛いこと沢山あったのに、ちっとも頼ってくれないから俺も悲しかったよ?葵ちゃんに“我慢しろ”なんて教えたこと、一度もないはずなのに」
葵に一人で抱え込ませることを強いた覚えはない。自分の言葉で助けを求められるよう、成長を促してきたつもりだった。だから葵は遥には素直に何でも打ち明け、頼ってもきてくれていた。けれど、物理的な距離が葵に甘え方を忘れさせてしまったのだろう。
自信を持たせるつもりで掛けた言葉も、葵にはまだ早かったようだ。“俺がいなくても”というワードを、“もう頼るな”と履き違えたらしい。
「葵ちゃん、覚悟しておいて。日本に戻ったら、もう嫌ってほど甘やかすから」
『うん、遥さんのお菓子も食べたい』
「いいよ。何でも作ってあげる」
また葵の瞳が潤み出すのが分かる。けれどこれは悲しい涙などではない。だから拭ってやれなくても大丈夫。無理に止めさせなくても構わない。
『またお泊まりもしたい』
「そのつもりだったよ。一緒に寝ようか」
コクコクと頷く姿で、葵がどれほど望んでいるかが伝わってくる。
卒業から出立の日まで、葵とは最大限共に過ごした。それまで遥が西名家に泊まることもあったし、逆に遥の家に葵を招いたこともあった。けれど、冬耶や京介もいない、二人きりの時間をあれほど楽しんだのは初めてだったかもしれない。
「久しぶりだからな。大丈夫かな」
キスをして、抱き締めて、同じベッドで眠る。理性が保つかどうかが気掛かりだ。今だってひたむきに好意を向けてくる葵に触れたくて仕方ない。
それに葵はきっと遥が何を望んでも受け入れてしまうだろうから、尚更危険だ。
「可愛がりすぎてもいい?」
『ん?どういうこと?』
「どういうことだろうな?」
質問の応酬で、葵は不思議そうにこちらを見つめてくるけれど、説明するわけにもいかない。遥が笑ってみせれば、葵もつられるように笑顔になる。今はそれでいい。
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