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act.7昏迷ノスタルジア<177>
「なるべく早くそっちに行くから。待ってて」
『まだいつかは、分からない?』
「うん、調整してる最中だから」
予定よりも随分前倒しで帰国できるように手筈は整えている。でも万が一それが叶わなかった時、葵をむやみに期待させ、落胆させてしまうことになる。だから遥はまだ葵に具体的な日程を打ち明けないことに決めていた。
それから冬耶が戻ってくるまで、本当にただ他愛もない会話だけを繰り返した。
葵は夏休み、また遥の父、譲二の店でアルバイトをしたいなんてことも言ってくれた。今までは遥が店に出る時だけに限定してシフトを入れていたから、葵一人で働かせるのは正直不安もある。けれど譲二をはじめ、店のスタッフは皆、葵を優しく見守ってくれるから大丈夫だろう。
『宮岡先生にコーヒーとケーキ、サービスするんだ』
葵の親しい相手の中に、いつのまにか加わった存在。葵は彼にも随分懐いているらしい。カウンセリングとは言いながらも、彼とは美味しいお菓子を食べながらただ穏やかにお喋りを楽しむ時間が多いのだという。
『遥さんにも宮岡先生紹介したいな』
「うん、俺も会ってみたい」
葵の面倒を見ていたという穂高の友人。宮岡にそんな一面があることを、葵は知らない。先ほどの冬耶との会話でも、穂高や宮岡のことを打ち明けることはしなかった。
冬耶は宮岡をそれなりに信頼しているようだが、遥は彼との面識がない。直接会話した上で、信用に足る人物かを自分で判断するつもりでいた。
宮岡は葵に穂高の記憶を取り戻させ、引き合わせることが目標なのだという。でもただの友人のために、藤沢家を敵に回すような危険を冒すだろうか。それが遥にとって気になる点である。
『そうだ。明日宮岡先生に会えないかな。あとでお兄ちゃんに聞いてみよう』
「明日?カウンセリング?」
『うん。もう少しちゃんと、パパのこと思い出したくて』
葵はやはり遥の知らぬところで着実に逞しくなっているようだ。それを望んでいたはずなのに、手引きしたのが自分ではなく、宮岡だというところに少し切ない気持ちが湧き上がる。
『あ、でも大丈夫。もし会いたくなっても、ちゃんとお兄ちゃんに言うよ』
「そうだな、それは俺とも約束して」
馨の記憶を取り戻したいのは、彼を恋しがる気持ちからだけではないのだろう。葵なりに冬耶から授かった情報と、自分の記憶との整合性を取りたいのかもしれない。
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