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act.7昏迷ノスタルジア<178>

湯上がりの冬耶が戻ってくると、葵はすぐに宮岡に会いたいことを伝えていた。冬耶は少し戸惑ったようだけれど、宮岡の都合を確認すると答えた。 通話を切る時、葵はまた涙を浮かべていたが、またこうして会話することを約束してやれば最後には笑顔で手を振って別れを告げてくれた。 画面が見慣れたものに切り替わると、途端に現実に引き戻されたような気分になる。思わず溜め息を零せば、まるで見計らったかのようにドアがノックされた。 「ごめん、何か用だった?」 それなりに長い時間通話をしていた。そのあいだずっと待たせていたのかもしれない。顔を覗かせた同居人ルイに謝罪すると、彼は遥の予想を裏切り、ニヤニヤとした笑いを浮かべていた。 「ハルはアオイちゃんにはずいぶん優しい声出すんだね」 「自覚はないけど。まぁ、他とは違うんじゃない?好きなわけだし」 盗み聞きした上で茶化してくるルイに、遥は真正面から切り返してやる。その反応につまらなそうな顔をして彼は室内に足を踏み入れてきた。元々ここは彼の家だし、遥は間借りしている身。勝手に入られても文句はない。 「で、今度こそ帰るの?」 部屋の隅にまとめた荷物を見ながら、ルイは尋ねてくる。もういつでも旅立てる準備は出来ていた。 「一週間ぐらい?」 「どうだろう?もう少し長いかも」 葵とゆっくり過ごせるのは週末しかない。それを考えると、一週間では短すぎる気がした。 その先には夏休みが待っている。元々葵の誕生日に合わせて帰国するつもりではいたのだ。今回はあくまで葵の様子を伺うためのものと割り切るべきなのかもしれない。 「日本語、あんまり分からなかったけどさ。アオイちゃんもハルのこと好きだよね、絶対」 「大好きだろうな」 「え、じゃあなんで付き合ってないの?本当に意味がわからないよ」 声のトーンや所々理解できた単語から、ルイは葵の感情を汲み取ったらしい。大きな好意を抱いていることは間違いない。それは遥の自惚れではないはずだ。でも好意の種類が違う。 「葵ちゃんの好きは、俺の好きとは少しずれてるから」 「でも一緒に寝るんでしょ?寝るって、セックスするって意味だよね?」 「あぁ、そこは聞き取れたんだ。そういう意味で使うこともあるけど、あれは本当に同じベッドで眠るってこと」 さすが日本でも女の子に声をかけまくっていただけある。妙な日本語の知識だけは豊富らしい。遥が訂正してやっても、ルイは納得いかなそうな顔をしていた。 ベッドに腰を下ろしたルイは、遥が枕元に飾る写真立てに手を伸ばす。そこには笑顔の葵が収められている。

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