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act.7昏迷ノスタルジア<182>

「俺が聞いとくよ。どうせ仕事ですぐ会うし」 「え、いや、俺も行くよ?」 一人で仕事を受け始めた聖とは違い、爽はしばらくリエと顔を合わせていない。でもただ用事がなかっただけで、葵の話を聞く目的なら聖と一緒に動くつもりだった。 「用も無いのに二人で会いに行ったら、母さん怪しむって。俺が打ち合わせの合間にさりげなく聞いとくから」 聖の言うことはもっともらしくは聞こえる。でもそこには有無を言わさぬ頑なさがあった。その理由が分からない。 「やっぱおかしくない?俺が先に葵先輩の話聞いたから怒ってんの?」 「違うって。爽が悪い話じゃないじゃん、別に」 それはそうだが、理不尽に怒るのが聖だ。物分かりのいい聖なんて聖ではない。本人に伝えたら確実に怒りそうな反論を、爽は心の中でしてみせた。 「今爽が母さんとこ行ったら、確実に仕事押し付けられるしさ。可愛い弟が部活動楽しめるようにっていう配慮がそんなにおかしい?」 「軽音部入るって決めたわけじゃないよ」 「興味はあるんでしょ」 ないとは言わない。でもあれだけ難色を示していた聖が背中を押す真似をするなんて、それこそ違和感しかない。爽をリエに会わせたくない理由が何かあるのだろうか。 食器を片付けるためにキッチンに行ってしまった背中を見送りながら、爽は兄の様子がおかしい訳を考えたがちっとも思いつかない。 「俺も勉強しよ。何位に入ったら役員候補のボーダーラインは超えられるんだろな?」 戻ってきた聖は、爽が机の上に広げたままにしていた勉強道具を見て、話題を変えてくる。納得はいかないが、ここでしつこく問い詰めると喧嘩に発展しかねない。 「十位ぐらいまでに入れたら、成績面ではまず確実に文句は出ないだろうって言ってたよ」 学園までの帰り道、奈央から聞いた話だ。忍や櫻、奈央はきちんとそのラインをクリアしているらしい。 幸樹だけは得意教科が偏っているせいで総合点では上位に入らないようだが、彼が役員であることに対する不満の声はそれほど上がってはいないという話も聞いた。あの体躯の幸樹相手に、堂々と文句を告げられる生徒がいない、というのが真実かもしれないと爽は思う。 「十位か。周りの成績がどんなもんか分からないと難しいな」 聖の言う通り、自分たちのライバルになりうる生徒が誰かも把握出来ていない。特権の多い生徒会役員を目指す生徒は、爽たちだけではないはず。初めての定期試験から、圧倒的な存在感を示しておきたいところだ。 ただでさえ、今の爽たちは生徒会の手伝いという役目を与えられている。ここでみっともない成績を取れば、招いてくれた先輩たちの顔を潰すことにもなりかねない。 「ここで争ってる場合じゃないね。とりあえず、試験まではもう仕事入れてないから、死ぬ気で勉強しよ」 どちらの点数が良いかを競うのではなく、協力して上位を目指す必要がある。聖の言葉に爽も同意するよう頷いた。 役員を目指すライバルはきっと冬に行われる選挙を目指しているだろうが、爽たちは違う。葵が冬耶に招かれて一年生のうちに役員になったように、爽たちも一日でも早く就任するのが目標だ。 今回の試験の結果次第では、早々に忍に相談するつもりでいた。会長の推薦を受け、臨時の選挙を開いてもらう。そうすれば、堂々と葵の傍に居てやることができる。先輩たちが卒業したあとの生徒会でも、葵を孤独にすることがないと約束してやれる。 葵は喜んでくれるだろうか。馨との暮らしではなく、変わらぬ学園生活を送ることを選んでくれるだろうか。 爽にはこれが正しい道なのかが分からない。けれど、今はこれが葵のためになると信じて進むしかなかった。

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