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act.7昏迷ノスタルジア<183>
* * * * *
陽当たりのいいウッドデッキの一角に広げられたパラソルの下、葵は宮岡と並んでベンチに腰を下ろした。
「ごめんなさい、日曜日なのに無理言ってしまって」
突然の連絡にも関わらず、宮岡はまた葵に会いに来てくれた。嫌な顔一つせず、朗らかに笑って首を振る彼の優しさには救われてばかりだ。
「だいぶ顔色良くなりましたね。前よりはご飯、食べられるようになったのかな?」
「はい、ちゃんと三食食べてます」
一食の量は少ないけれど、少し前に比べれば食欲は随分回復してきたと思う。
宮岡に会いたかった理由は二つある。一つは昨夜冬耶に告げた通り、馨のことを思い出したかったから。そしてもう一つは、彼から登校の許可をもらうためだ。
前回この家に来た宮岡は、食欲の回復と自力で歩けるようになることを登校の条件にあげた。だから葵は彼を玄関で出迎えてこのデッキまで移動する際、誰の手も借りなかった。足首はまだ少し痛みがあるが、耐えられないほどではない。
「先生、もう大丈夫。登校できます」
「……君は本当に強い子ですね」
宮岡は葵の宣言を受けて、少し困った顔で、けれどどこか嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。そして個人的にはまだ心配ではあるが、医師として止めることはしないと言った。冬耶にもあとで話してくれるという。
「明日から?」
「はい、そうしたいです」
宮岡にははっきりと意思を伝えたが、冬耶や陽平、紗耶香と会えなくなるのは寂しかった。学園に戻るということは、家族と離れるということだ。
昨夜冬耶の腕の中で眠ったせいか、甘えたい気持ちは落ち着くどころか増す一方。この一週間、当たり前のように毎日家族の団欒の中で過ごしていたから、それを失うのは耐え難いとも思う。
昨夜冬耶から聞かされた話も、葵の不安を煽った。葵を引き取りたいという馨の願いに応えれば、もう二度とこの家に戻ることが出来ないどころか、家族にも友人にも会えなくなるらしい。
高校卒業と共にこの家を出る覚悟はしていたけれど、大好きな人たちと縁を切るつもりなんて全くなかった。想像したこともない。だからそんな未来が待つ選択肢が自分に与えられていること自体が衝撃だった。
でも葵はどこかで納得もしていた。馨は、今の葵の生活を気に入らないに違いないと。何故自分がそう感じたのかも葵は知りたかった。
「先生、今日はパパのこと、思い出したいんです」
宮岡に話しかけながらも、葵は視線を隣家へと移した。カウンセリングの場所を庭にしたのは、馨と過ごした家を見ることが出来るから。より鮮明な記憶を取り戻せると考えたのだ。
「お父さんの、どんなことを思い出したいのかな?」
宮岡に問われ、葵は答えに窮した。具体的な出来事があるわけではない。ただ断片的に溢れてくる馨の記憶を繋げていった先に、葵の迷いを取り払うものがあるかもしれないと思っただけ。
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