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act.7昏迷ノスタルジア<187>

* * * * * * 葵の見送りを受けて西名家を後にした宮岡は、そのまま門の前に停められた冬耶の車に乗り込んだ。表向きは自宅に送ってもらうためだが、実際はその道中、カウンセリングで話した内容を共有することが目的だ。 「明日から登校したいと言われ、医者としては許可を出しました。それで良かったんですよね?」 「あぁ、はい。どこかで区切りは付けないといけないので」 葵がなぜ宮岡に会いたがったのか。冬耶はそれを察した上で、あらかじめ宮岡に相談してきていた。宮岡の目から見て本当に登校させて大丈夫だと判断できるならば、それを葵に伝えてやってほしいと。 でも表情を見る限り、冬耶は葵を登校させることへの不安をまだ抱えているようだ。葵の前では良い兄としての顔を決して崩さないが、こうして宮岡の前ではそれが緩む。 大人びているとはいえ、冬耶だってまだ十代だ。年上の宮岡の前では少しは年相応に振る舞えるのかもしれない。 彼にはもう一つ、依頼されていたことがあった。馨が葵に性的な虐待をしていた可能性。チャンスがあればそれを探ってほしいと言われていた。 「葵くんの記憶上は、ただ触れる程度の口付けしか与えられていないようでした。同じベッドで眠ることは多かったみたいだけれど」 「そうですか。でも、あーちゃんが記憶を改変している可能性はありますよね?」 「ゼロとは言わない。けど、もしそんな気配を感じていれば、何としてでも葵くんを連れて逃げていたとアキは言っていたから。安心していいんじゃないかな」 宮岡も冬耶と同じ疑いを持っていたけれど、以前穂高に確認した際にはっきりと否定された。それを伝えると、ようやく冬耶の表情が和らぐ。 冬耶が葵に兄以上の感情を抱いているのは疑いようもない。けれど、彼は兄弟としてのラインを超えようなんて考えてもいないようだ。その理由の一つが、馨からの虐待の可能性だったのだろう。 「でも、今あの男に捕われたらどうなるかは分かりきっているけれどね」 葵にただ愛らしい衣装を着せて写真を撮って満足するわけもない。宮岡が確信めいた予測を口にすれば、ハンドルを握る冬耶の手に力が込められた。彼もそう思うからこそ、絶対に馨の元に行かせたくないのだろう。 「葵くん自身にはその可能性を伝えなくていいのかな?」 葵は馨が抱く愛情が、ごく一般的な父親のものとは異なることぐらいは勘付いているようだが、欲望の吐け口として求められているとは気が付いていない。馨と親子としての関係を仕切り直す可能性を抱いていることも感じられた。 期待を砕くのは可哀想だが、馨がいかに危険な人物かを分からせたほうがいいとは思う。

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