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act.7昏迷ノスタルジア<190>

「葵くんが初等部を卒業するときは、なんかもう感極まって泣いちゃいましたね」 「先生、卒業式まで来てたんですか?」 「あ、敷地内には入ってませんよ?校門の前で記念撮影しているところを見て、こうウルっと」 「うーん、それはそれで、なんというか」 冬耶は苦笑いで言葉を濁したが、穂高には何故宮岡が泣くのかと散々詰られたのだからおかしいことは自覚している。それに、不審がられたら困るからと、それ以降学校行事を見に行くことは禁止されてしまった。 「でもあーちゃんが宮岡先生にすぐ懐いた訳が理解できました。先生からの愛情を感じたんでしょうね。ただの医者と患者の関係ではない、愛情を」 葵との関係をうまく表現する言葉は見つからない。でも保護者のような気分でいることは間違いない。初めは穂高にとっての最愛の子というつもりで観察していたが、いつのまにか宮岡自身も葵の幸せを何よりも強く願うようになった。 「良かったら、今度はちゃんと見に来てください。来月の体育祭は、あーちゃん、あんまり活躍出来ないとは思いますけど。秋の文化祭とか、それから少し気は早いですけど、高等部の卒業式も」 葵もきっとそれを望むからと、冬耶は優しく微笑んで付け加えてくれる。不覚にも泣かされそうになった。これではどちらが大人だか分かったものではない。それでも、宮岡にはこのありがたい申し出を受け入れる訳にはいかない理由があった。 「とても嬉しいけれど、アキが可哀想だから。引き続き、遠くから見守るだけにしますよ」 ちょうど信号が赤になり、車がゆっくりと減速する。それに合わせ、冬耶は宮岡のほうを向いて小さく首を横に振った。 「穂高くんと二人で来たらいいじゃないですか。あーちゃん、穂高くんのこと思い出せそうなんですよね?」 「いや、でもさすがにそれは」 藤沢家の問題が解決しない限り、穂高は自由に動けないはずだ。それに本人が頑なに拒むだろう。 「あっという間に大人になっちゃいますよ。学校のイベントなんて残り少ないんですから。見てやってください。穂高くんにもそう伝えてほしいです」 彼は穂高に敵わないと言ったけれど、彼も大概だ。十も年上の大人を相手に、葵の兄として立派に振舞ってみせる。 再びアクセルを踏んで車を走らせる冬耶に、宮岡は礼を伝える事しか出来なかった。 穂高に関する記憶を深く閉ざした葵の心を癒し、そして罪の意識に苛まれる穂高の心をも解きほぐす。宮岡に課せられたものは決して容易いものではない。 でもようやくその糸口が掴めたのだ。ここで諦めるつもりなどない。 「ちなみに、ですけど。体育祭っていつですか?」 まだ不確定ではある。だから自信のない前置きをしつつ宮岡が尋ねれば、冬耶は明るく笑って答えをもたらしてくれた。 親族以外の外部の人間は招待がないと入れないのだという。二人分用意しておくという冬耶に、宮岡はもう一度“ありがとう”と告げたのだった。

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