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act.7昏迷ノスタルジア<191>

* * * * * * 宮岡を乗せた赤い車体が遠ざかっていく。通りを曲がり完全に見えなくなると、すぐに葵の体が凭れかかってきた。登校の許可を貰うために無茶をしていたのは分かっていた。 昨日もそうだ。訪れた友人たちに心配を掛けないよう、ほとんど都古の手を借りずに移動し続けていた。全員の姿が消えた途端、今と同じように都古に縋り付いてきたのだから、相当痛みを堪えていたのだと思う。 「アオ、戻ろ」 都古がその体を抱き上げると、素直に腕が回ってくる。でも葵は何の言葉も発さなかった。宮岡を笑顔で見送るという目的を達し、疲労がどっと押し寄せてきたに違いない。だから都古はただ静かに主人を部屋に運び込んでやる。 途中、京介が何か言いたげにこちらを見てきたけれど、止めてくることはなかった。 ベッドに寝かしつけてやると、葵はそのまま布団に潜り込むことはせず、枕の下を漁りだした。現れたのは色とりどりの金平糖が詰まったガラス瓶。それには都古も見覚えがあった。 連休の最終日、“元気が出るくすり”と言って見せてくれたものだ。寮のベッドに置いてあったはずだが、京介に頼んで持って来てもらっていたのだろう。 ガラス瓶を掲げジッと見つめる葵の表情は、都古のほうが不安になるほど儚げだ。隣で寄り添うことしか出来ないことがもどかしい。 「みゃーちゃん、これね」 しばらくそうしてコロコロと金平糖が瓶の中で揺れる音を聞いていると、葵がようやく声を掛けてくれた。 「小さい頃、泣いてたらいつも貰ったの。これを食べると元気が出るからって」 相槌代わりに頬に触れれば、葵は少しだけくすぐったそうに口元を緩め、そして続きを話してくれる。 「ベッドの上にはいっぱいクッションがあってね、いつもその下に押し込んでたんだ。見つかったら怒られちゃうから。でも奥に仕舞いすぎて行方不明になっちゃったこともあった」 前回よりも葵は当時の記憶を取り戻したらしく、より詳しく思い出を聞かせてくれる。幼少期、満足に食事が取れなかったことは知っていた。それでも葵がこんな砂糖菓子で飢えを凌いでいたことを思うと胸が痛む。 「どの色にしようか迷って、全然決められなかったな。みゃーちゃんはどれがいい?」 「青」 「……今のどっち?」 都古の好きな色は大好きな葵の呼び名と同じ、空の色。呼ばれたのか、それとも色のリクエストなのか判別がつかない様子の葵は楽しげに笑っている。 「青色。アオも、食べたい」 どちらかと問われれば欲しいのは葵のほう。それを匂わせれば、葵の笑顔がますます深まった。

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