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act.7昏迷ノスタルジア<192>

葵は瓶の蓋を開け、都古の好む色の粒を器用に摘むと口元まで運んでくれる。久しぶりに味わった金平糖は穏やかな甘さで、どこか懐かしさを感じた。 今度は都古が葵に好きな色を尋ねると、彼もまた同じものを選んだ。 「初めて京ちゃん達と一緒に描いた絵が晴れた空だったんだ。お兄ちゃんが風船とか、飛行機を描いてくれて、京ちゃんは白い雲をたくさん浮かべてくれた」 「アオは、何描いた?」 「青いクレヨンでずっと空の色を塗ってた気がする。だから青色が一番好きなのかな」 この記憶も今日思い出したのだという。葵は幼い自分に苦しい以外の思い出がきちんと刻まれ、消えずに残っていたことが嬉しかったようだ。 「あの絵はどこに行っちゃったんだろうな。大切にしてたのに」 大袈裟ではなく、本当に大切にしていたのだと都古は思う。そして葵が今、思い出の品を宝箱と呼ぶボックスに仕舞って保管する行動は、一度全てを失った恐怖からだとも感じていた。 「アオ、食べる?」 喪失感に襲われてまた瞳からぼんやりと色がなくなり始めたのに気付き、都古は金平糖の粒を葵の唇に当てた。素直に開いたそこに放り込んでやると、葵の表情は和らいでくれる。 しばらく口内で粒を転がし、静かに味わっていた葵は、都古の手に己の手を絡めてきた。拒む理由はない。都古からも力を込めて葵の手を握り返す。 「みゃーちゃんの手、少し似てる気がする。金平糖くれた人に」 怪我の痕は大分薄れたが、肉付きが悪いせいで筋と骨が浮いた、お世辞にも綺麗とは言えない手。でも葵が慈しむように包んでくれるだけで悪くはないと思える。 誰かと重ねられることは好ましくはないが、葵が記憶の欠片を見出せるのならばいくらでも差し出す。 「ひんやりしてるけど、温かいの」 相反する言葉だけれど、そこには葵なりの思いが込められている。 「大好きだった。一緒に金平糖食べたのは覚えてる。今みたいに、食べさせてくれた。でも顔が見えない。名前も。どうしても思い出せない」 都古の手を自分の胸に抱き寄せながら、葵は声を震わせた。今日のカウンセリングは父親のことを思い出す目的だと聞いていたけれど、葵はもう一人、共に暮らしていた人物の記憶も甦らそうとしていたようだ。 「一番元気になってほしいと思ってた人だったのに」 そう言って静かに泣き出した葵に、掛ける言葉など見つかりそうもない。でもそれが正解なのだ。無言で寄り添える都古だから、葵は心の内を吐露してくれる。

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