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act.7昏迷ノスタルジア<193>
「きっと、すごく大事なことなのに。どうして忘れちゃうんだろう」
記憶が完全に消えたわけではないはずだ。だから葵はこうして断片的に思い出を蘇らせることが出来ている。宮岡とのカウンセリングを続ければきっと取り戻せるはずだ。
葵が探している答えは、この家の人たちなら皆知っている。葵もそれは分かっているのだと思う。けれど求めないということは、あくまで自力で辿り着きたいのだろう。そうでなければ意味がないとも考えていそうだ。
だから都古も余計な口出しはしない。
甘えるように腕の中におさまってきた葵を抱き締め、背中を摩ってやると、そのうち寝息が聞こえてくるようになった。
冬耶の話では、葵は昨夜何度も目を覚ましたらしい。いつもの悪夢に怯えてというより、眠っている間に冬耶が居なくなってしまわないかが不安な様子だったという。だから寝不足でもあるのだろう。
せめて今は少しでも深い眠りにつければいいのだが。都古は夢の中の葵が安心できるよう、彼の体に回した腕に力を込めた。
静かな室内に小さなノックの音が響いたのは、温かな葵を抱いて都古にも眠気が訪れてきた頃だった。
優しい音でてっきり訪問者は冬耶だろうと思ったけれど、予想に反し、現れたのは都古に負けず劣らず無愛想な顔だった。
「なんだ、起きてたのか」
都古が起きていることは意外だったようだ。金平糖の瓶を抱えて眠る葵を見て、彼は成り行きを察したらしい。少しだけ切なげに目を薄めた京介は、ベッドの傍までやってくる。
葵の頬に触れ、その反応で眠りの深さを確認したようだ。帰るどころか、ベッドに背を預ける形で座り込む。
「……なに?」
「お前さ、ここ俺ん家だって分かってんのか?」
暗に出てけと訴えれば、京介にはある意味正論とも言える言葉を返された。ここは葵の部屋ではあるが、そもそも西名家である。都古は勝手に居座っている身。家主である彼を追い出す権限は確かにない。
「そいつ、明日から登校する気らしいけどさ、どうする?」
「何が?」
「寮の部屋。俺はこの状態の葵、生徒会のフロアに行かせたくねぇんだけど」
そういえばそんな話もあったと京介の言葉で思い出す。謹慎を食らってしばらく学園から離れていたせいで、すっかり忘れていた。
「冬耶さんは、なんて?」
「セキュリティ的に安全な方法取りたいってよ。葵が一般フロアいるせいで、緩く見られてんのは間違いないから」
それが直接的に一ノ瀬の事件を生んだとは思わないが、それでも今後似たようなことが起きないとも限らない。都古も理屈では冬耶の言いたいことは理解できる。
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