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act.7昏迷ノスタルジア<194>

「葵のことは高山さんに面倒見させるって言ってる。葵が新しい生活に慣れるまでは一緒の部屋で過ごさせてもいいんじゃないかってさ」 京介の表情からは、奈央ならば任せられると感じていることは見てとれる。けれど、手放しで賛成は出来ないのだろう。 都古もそれは同じだ。今のところ奈央が危険人物とは思わないが、葵に好意を抱いているのは間違いない。 ただ、以前京介に宣言した通り、葵がもし引っ越しを望むのならば、止めるつもりはなかった。葵に孤独な夜を過ごさせたいわけではない。何かしらの手段で忍び込み、会いに行ってやればいいだけの話だ。 むしろ京介という邪魔者がいない分、都古にとっては都合がいいとさえ言える。 「お前、マジで平気なわけ?」 都古が動じずにいるのを受け、京介は信じられないと言いたげに睨みつけてくる。だが、すぐに都古の思惑に気が付いたようだ。 「あぁ、そっか。窓から侵入する気だったな」 「うん」 「うん、じゃねぇよ。クソ、馬鹿猫が」 京介は苛立たしげに髪を掻きむしって舌打ちをかましてくる。彼のワンパターンの罵倒は聞き飽きた。 どうやらあの時と同じく、都古を味方に引き込みたかったようだ。葵を一般フロアに引き止めたいのだろう。都古と一時的に共同戦線を組むことを選ぶほど、葵と離れるのが苦痛のようだ。 でも京介は理解しているのだろうか。今の三人で夜を過ごし続けることの意味。 一ノ瀬の痕跡を消すという名目で、二人で葵に触れた夜。都古はあの時はっきりと感じた。一度超えてしまったラインは、次はもっと超えやすくなる、と。 今までは互いが互いの目を盗んで葵に触れていたけれど、葵自身が三人での行為を覚えてしまった。京介とキスをしたあとは、都古への罪悪感を募らせてもいる。二人からの愛情を平等に受け止めることで、解決させようとする兆しも見せていた。 でもそれは都古の望むことではないし、京介も違うはずだ。 京介はしばらく苦い顔で悩む素振りを見せていたが、ここにいても解決しないと踏んだようだ。また葵の寝顔を確認し、そして部屋を出て行った。 彼がどう動くつもりなのかは都古には分からない。でも黙って葵を送り出すようなことはしない気がした。葵が心から安心して眠れる環境を作ってやりたいが、そう上手くはいかないらしい。 「……パパ」 涙の伝った跡の残る頬に口付けると、葵は夢の中で馨を呼んだ。京介が出て行った後で良かった。今の彼がこれを聞いたら、きっと葵を無理やり目覚めさせ、問い詰める気がする。 都古だって、自分のキスで他の男の名前を呼ばれるなんて耐え難い。京介よりも嫉妬深い自覚さえあった。でもせっかく穏やかに眠っている葵を起こす真似はしたくない。 もう一度、葵の唇に己のそれを重ねてみる。物欲しそうにうっすらと開く桃色に舌を差し込みたくなるけれど、ぐっと堪えて目を瞑った。 いつも微睡の中に居続ける体は、今に限ってはなかなか眠気が訪れてくれない。葵との間で転がる瓶に詰まった金平糖。身じろぎする度に揺れる粒たちは、自分達の不安定な関係を映しているようだった。

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