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act.7昏迷ノスタルジア<195>
* * * * * *
いつのまにか日中数時間眠るのが普通になってしまった。都古の腕の中で目覚めた葵は、窓の外が茜色に染まっていることに気が付き、明日から学園生活に戻れるかが今更ながら不安になる。
「おはよ、アオ」
都古は葵の不安をよそに、欠伸混じりの挨拶をして、そして当たり前のように頬にキスを落としてくる。彼とのこうしたスキンシップは、少しずつ元通りになってきたと思う。
「起きたら、降りといでって」
「お兄ちゃんが?」
「うん」
どうやら帰宅した冬耶は一度この部屋に顔を出したらしい。その時都古が起きていたという事実に少なからず葵は驚いた。葵が先に眠ることはあっても、目覚めるのはいつも都古が後だったからだ。
枕元に置かれたノートも、彼がずっと勉強をしていたことを示している。いくら寝ても寝足りない様子の都古が珍しい。それだけ試験勉強に本気だということなのだろうか。
「ご褒美、ほしい」
「試験、まだ終わってないよ?」
「……ダメ?」
甘えてくる都古を拒むことは難しい。彼の求めるまま、そっと唇を重ねに向かう。ただ触れるだけのつもりだった。それなのに、腰を抱き寄せられ数度啄まれるうちに、自然と舌が絡んでくる。
「んっ、みゃーちゃん」
キスがより深いものに移る前にトンと胸を叩けば、彼は悪戯っぽく笑って体を離してくれた。
都古の支えを受けて向かったリビングには、冬耶だけでなく京介の姿もあった。二人は葵が起きるのをずっと待っていてくれたようだ。
促されるまま彼らの正面に都古と並んで座ると、テーブルの上に見慣れぬ小ぶりな紙袋が二つ置いてあるのが目に付いた。袋の中にはさらに箱が入っていたけれど、パッケージでその中身が理解できる。
「お兄ちゃん、これ」
「あーちゃんはずっといらないって言ってたけどさ、やっぱり必要かなって思って」
冬耶や京介が使っているものと変わらぬ形の携帯電話。葵にとっては随分高価なものだ。それに値段が理由なだけでなく、京介といれば特別不便はなかったから、葵は周りに促されても持つことを拒んでいた。
「もう初期設定は終わって、皆の連絡先も入れておいたから。すぐにでも使える状態だよ。みや君のもね」
今まで葵の意思を尊重し続けてきた冬耶が、なぜこのタイミングで携帯を持たせようとするのか。その意味ぐらいは葵にも察することが出来る。昨日聞いた馨の話と無関係ではないはずだ。
「昨日みたいに、遥とビデオ通話もできるよ」
何と言っていいかわからない葵の気持ちを汲んで、冬耶は葵を喜ばせる情報を与えてくれるが素直に反応するのは難しい。
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