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act.7昏迷ノスタルジア<196>
「明日からまた会えなくなっちゃうけど、これならいつでもお兄ちゃんと話せる。それでも、いらない?」
そう言われると弱い。学園に戻ることで葵が何よりも不安を感じるのは、冬耶の存在が身近でなくなること。簡単に会えなくなるのは寂しくて仕方ない。だから京介を介さずとも冬耶と自由に会話が出来る手段を得られるのは心強い。
それに、冬耶がどれほど自分を心配してくれているかは痛いほど伝わってくる。ここで頑なに拒めば、彼の気持ちをないがしろにしてしまう。
「ううん。ありがとう、お兄ちゃん」
想いの詰まった贈り物を抱え、きちんと目を見て感謝の気持ちを伝えれば、冬耶は安心したように頷いてくれた。
「みや君も、ちゃんと持ち歩いてな。あーちゃんよりも心配なんだから」
紙袋をきちんと受け取った葵とは違い、都古は中身を見るなり興味なさそうにテーブルに戻してしまった。冬耶の言いつけを守る気はなさそうだ。
葵以外と交流を持ちたがらない彼にとっては必要のないアイテムということなのだろう。都古のことだから、箱を開けもせず本当に放置しそうな気がした。それではせっかく買ってくれた冬耶に申し訳なさすぎる。
都古は葵の言うことにしか耳を傾けないのだから、ここは自分が説得するしかないのだと思う。でも真正面から切り込んでもうまくいかないことは予想がついた。
「みゃーちゃんにメッセージ送ってみてもいい?」
考えた末に、葵は自分に与えられた携帯を取り出し、都古にそんな提案をしてみる。
京介や冬耶の携帯を触らせてもらうことはあったから、操作に関してはある程度知識があるつもりだ。だからすでにアドレス帳に登録されていた都古の番号へ、簡単なメッセージを打ち込んでみる。
「今送ったよ」
「……読みたい」
葵が何を送ったのか気になって仕方ない様子の都古は、誰が何と言おうと可愛いと思う。
「うん、じゃあ読んでみよう」
都古の隣に寄り添うと、彼はすぐに箱から携帯を取り出してくれた。都古は葵と同じく、今まで携帯を持ったこともないと言っていた。操作にも不慣れな彼に電源の付け方や、メッセージの開き方を教えてやる。
早速届いていた葵からのメッセージを見るなり、都古の表情が和らいだ。
今日もまた一緒にアイスを食べようと誘ってみたのだ。ただそれだけのことだが、都古は返事を送りたいと言ってくれた。だから同じ画面を覗き込みながら、文字の入力方法や返信の仕方を丁寧に伝えていく。
「お前らで今やりとりして意味あんのか?」
京介は少し呆れ顔で茶化してくるけれど、都古がせっかくやる気になってくれたのだから何だって構わなかった。
そうして二、三回、他愛もない短かなやりとりを繰り返すと、都古も操作の感覚が少しずつ掴めてきたらしい。それに、葵とこうしてテキストで会話することを楽しいとも思ってくれたようだ。
同じクラスなのだから日中は離れることがないけれど、放課後は別だ。生徒会の活動が終わるタイミングを都古に連絡してやることが出来る。彼は葵を待つことが苦ではないようだったけれど、これから生徒会が終わるたびにメッセージを送ると約束すれば、やはり嬉しそうな顔をしてみせた。
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