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act.7昏迷ノスタルジア<199>

「もしパパともう一度暮らすことになったら、またあの家に住むんだって思ってた。根拠なんて何もないのに、自然とそう思い込んでた」 京介にとっては気分の悪い想像だが、今は葵の声に耳を傾けるべきだという分別ぐらいはつく。シャンプーの香りを纏う細い髪に触れながら、京介は黙って先を促した。 「学校には変わらず通って、でも時々家に帰ってパパとご飯食べたり、お買い物したり、映画観たり。お父さんとしてることをパパと出来るんだって」 寮生活を送りながらも、葵は頻繁にこの家に帰っている。そして葵が言った通り、陽平や紗耶香との時間も大切に過ごそうとしていた。葵の描く父親や家族像が、幼少期の記憶から塗り替えられたのも無理はない。むしろ、そのために彼らは葵に愛情を注ぎ続けていたのだ。 「京ちゃんとお隣さんに戻るのはちょっと寂しいけど、でも、ずっと一緒に居られるのは変わらないって思ってた」 「……それは違うって分かった?」 葵はゆっくりと頷いた。 馨を選べばどんな未来が待っているか。具体的な表現は避けたようだが、少なくとも葵の今の環境が全て失われることはきちんと教えたと冬耶は言っていた。宮岡とのカウンセリングを通して取り戻した記憶でも、葵は馨がどんな人間かを思い知ったのだろう。 「もう誰とも、離れたくない。さよならは嫌だ」 願わくは、一番に京介を恋しがってほしい。でもやはり葵にはまだ無理な要求のようだ。切なげに零す葵に、京介もやりきれない想いを湧き上がらせた。 「“誰とも”の中には、“パパ”も入ってんだろ?」 確認をすると、葵は震える声で謝罪を口にした。また京介を怒らせると思ったのかもしれない。 「別に怒らねーよ。つっても、信用ねぇだろうけど」 前科がある身だ。葵を不安にさせても無理はないとは思う。けれど、葵を守りたいと願っているのに、こうして震えさせるなんて。自分が嫌になる。 「葵があいつのこと思うのは、正直すげー嫌だ。お前があんなに泣いて引き止めてたのに。楽しそうに笑ってたのがさ、頭から離れねぇんだよ。イカれてると思ってるし、めちゃくちゃ嫌い。好きになることも有り得ない」 馨へのストレートな気持ちを口にすれば、葵は驚いたように目を丸くする。 「でも、俺は葵が好きだから。お前があいつのことどう思ってようと、それは変わんない」 葵に掛ける言葉がこれで合っているのかは分からない。自分は兄のように感情を抑え、葵を優しく諭してやることも出来ない。 「ただ、あいつのとこに行かす気もない。絶対に止めるから。覚悟しとけ」 手放すつもりがないことを伝えるためにきつく抱き締めれば、葵からもゆっくりと腕が回ってきた。 本当は葵の口から、馨を選ぶことはないとはっきり言わせたい。京介の傍にいると誓ってほしい。けれど、今の葵にそれを強いても、自分達の関係にプラスにはならないだろう。だから今はただ、こうして京介の気持ちを伝えるだけに留める。 「葵」 名を呼べば、京介の肩口に埋められていた顔がこちらを向く。少しだけ涙の浮かんだ瞳。初めて出会った時も、こうして今にも泣きそうな顔をしていたことを思い出す。

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